●クルドは事実上の独立国家に向かおうとしている

  • 今やクルドは事実上の独立国家に向かおうとしている。イラク北部には以前からクルド地域政府(KRG)が設けられているが、ここを中心とした自立への動きを強めている。クルドが独立国家の形成に向かうと、イスラム国の成立と並んで、中東政治の枠組みが大きく変化することになる。
イスラム国とクルド独立(1)イスラム国と世界のジレンマ

●ISが「クルド民族の国づくりの触媒」

  • イスラム国の攻勢・攻撃はクルドの「ネイション・ビルディング」に一役買っている。分かりやすく言えば、「クルド民族の国づくりの触媒」として促進しているのはイスラム国でもあるということだ。クルドがこれほどはっきりと独立国家への道を歩むようになった原因は、ひとえにイスラム国の攻撃によってクルド人たちが結束を固めるようになったからで、従来国ごとに分かれ対立していた彼らの大同団結や一体性を回復しようという動きにつながった。
  • クルドとイスラム国は共に、イラクとシリア国家の分裂によって残された政治的な真空を満たそうとして、この機会を利用している。これは、双方にとって、単なる自治ではなく高度な自治を確保し、さらに事実上の独立を経て最終的に公式に独立するための道筋を担保する条件を今つくっているということだ。
  • シリアのクルド人居住地域(俗称「ロジャヴァ」)は、2012年夏に事実上の自治を獲得している。そして、シリアの国境を超え、北イラクのクルド地域政府に協力を求める可能性が新たに生じてきた。従来、シリアとイラクのクルド人は仲たがいしていたが、クルド地域政府がイラク・シリア間の国境を横断した協力のためハブル川に橋をつくるなど、緊密な協力を約束し、無視することのできない共通の敵であるイスラム国に対峙しようとした。すなわち、クルド人たちが、歴史上初めて互いに団結する構図が出てきている。
イスラム国とクルド独立(2)イスラム国vsクルド~中東の新たな対決構図

●イラク政府はもはやバイプレーヤーにすぎない

  • イラク政府はもはやバイプレーヤーにすぎず、主要なプレーヤーはクルド地域政府とイスラム国になる。イスラム国は8月3日、クルド地域政府に対する攻撃を開始して、両者の対立は深まっていった。
イスラム国とクルド独立(2)イスラム国vsクルド~中東の新たな対決構図
  • イラクがクルドに資金を分配せずに孤立させたことが、クルドにとって、統一した軍隊として事実上の初代国防軍整備に功を奏したとも言える。つまり、イラク中央政府こそが、クルド指導部を独立へと近づけている要因だという点を見落としてはいけない。
イスラム国とクルド独立(3)イスラム国がもたらしたクルド独立国家への道

●イラクは事実上三つの新国家に分解しようとしている

  • イラクは事実上三つの新国家に分解しようとしている。そして今は、新国家に事実上分離してしまったと言っても決して過言でない状態になった。その三つの新国家の一つがクルディスタン、クルドの居住地域であり、もう一つは一番南のバスラを中心とするシーイスタンとも言うべき地域、すなわちシーア派の居住地域。そしてもう一つが、イラクとシリアにまたがるカリフ国家を自称したISだ。
「イスラム国」と中東の変動(1)旧体制に反旗を翻す三大勢力

●アメリカが「イスラム国に対抗する勢力としてのクルド人」と評価

  • トルコのクルディスタン労働者党は、いまだにアメリカはおろかEUにさえテロ組織と見なされているが、クルド地域政府によって国際舞台に引っ張り出され、アメリカが苦しむイスラム国の掃討に参加することをきっかけに、クルディスタン労働者党の法的な適合性を図ることが不可欠になってきたのではないかと言う人も、観察者の中にはいる。いずれにしてもクルド地域政府は、トルコのクルディスタン労働者党の軍事力を必要としている。
  • オバマ大統領は、「イスラム国に対抗する勢力としてのクルド人」を支援する必要性を語り出した。すなわち、イラクとクルドを区別する発言になってきた。結局アメリカは、今や北イラクのクルド地域政府を、軍事行動や外交活動における中心にしようとしている。
  • イスラム国との戦いにおいて、欧米やサウジアラビア、湾岸諸国が頼りにできる実際のイラク兵力は、現実的に言うと、クルド人以外にいなくなってきている。したがって、アメリカにおけるクルド人評価も変わってきている。
  • オバマ大統領やオランド大統領の最近のクルド人への接近ぶりや評価は注目すべきだ。これらは将来、クルド人が独立国家に向かう動きを強化する要素になってきている。(中略)端的に言えば、クルド人自身に「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」させようという動きだ。クルド人自身による陸軍の整備、あるいは、整備された兵力によるイスラム国との対決を期待している、ということだ。
イスラム国とクルド独立(3)イスラム国がもたらしたクルド独立国家への道

●クルドとIS、トルコ、そしてシリア~二重の「三つどもえの戦い」

  • トルコ政府によるISと戦うクルド人たちに対する攻撃、対決。つまり、ISと戦っているクルド人に対し、トルコが2年ぶりに戦いを挑んでいるということだ。また、クルド人と戦っている、あるいは戦ってきたISに対して、比較的好意的か、あるいは間接的に支援さえしていたトルコ政府が対決に踏み切った。そして、すでに中東におけるISの重要な対決の相手であったクルド人とISとの間の衝突がますます激化し、その両者の間にトルコ軍が介入する。ということで、対決軸が三つどもえになり複雑になっているという現象が起きた。
  • トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の与党であるAKP(公正発展党)の政権は、2015年7月に、これまで現実的にはトルコが対決していなかったクルド人とISという二つの大きな存在を、同時に敵として持つことになった。しかも、複雑なのは、クルド人とISが、お互いに敵同士だということだ。
トルコ民主主義の行方(1)複雑な中東三つどもえの戦い
  • 現在の中東は、非常に複雑なことに、アサドのシリア政府軍が疲弊する一方、ISとクルド人という反アサドでは共通しているはずの両者が、実はアサドと戦いつつ、さらにお互いに戦っている。ここでも、「三つどもえ」が一つのキーワードになっている。トルコが三つどもえの争いになったように、シリアにおいても三つどもえの争いが繰り返されている。非常に複雑なカオスが生じているということだ。
  • シリアにおいて、PYDの軍事組織であるYPGは、反ISに対する反発という名目によって、スンナ派のアラブ人に対してエスニッククレンジングを深めている。これは、同じスンナ派としてのトルコ人にとっては許せない。さらに北イラクにおいては、北イラクのクルド人たちが、そのイラクのスンナ派のアラブ人やトルクメン人たちに対し、同じようにエスニッククレンジングを進めている。だから、トルコは介入する。
  • トルコ政府は、ISやPKKという二つの異なった組織がトルコ警察に攻撃したりテロを仕掛けていることを利用しながら、実はクルドとの戦争を挑発しているというところが、大変大きな問題。
トルコ民主主義の行方(2)問題ゼロ外交の破綻