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ネオ・オスマン主義外交へのシフトがいまや破綻の瀬戸際

トルコ民主主義の行方(2)問題ゼロ外交の破綻

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
トルコ ・ダウトオール首相
中東情勢に詳しい歴史学者・山内昌之氏が、カオス状態の中東とその中東において孤立しているトルコについて解説する。トルコの孤立化には、その強硬な対外政策が影響しているのだが、エルドアン大統領を強硬路線に突き動かす要因とは何なのか。山内氏が、政治、宗教、民族の側面を交え「トルコ外交の内政化」問題の核心に迫る。(全3話中第2話)
時間:12:04
収録日:2015/08/05
追加日:2015/09/17
カテゴリー:
≪全文≫

●IS、クルドと対立を深めるトルコ


 皆さん、こんにちは。

 今日は引き続き、今のトルコが三つの軍事対決、武装衝突などで陥っているトルコ外交やトルコの政治の苦境、あるいは難局について、再びお話ししてみたいと思います。

 2015年7月14日に、トルコはアメリカとの間に軍事安全保障協定を締結しました。これは、八方ふさがりとも言うべき現在のトルコの状況を打開しようという意欲と結び付いていました。トルコの西南部にインジルリクという空軍の基地がありますが、トルコは、このインジルリク基地からイラクやシリアのIS(イスラム国)に対する攻撃のために発進することを、米英に許可しました。これは、イラクのISの展開拠点までおよそ300キロにすぎない所にあります。そして、ユーフラテスの川の方にまでISを駆逐しようと、こういう意図を持つ作戦のために、アメリカはインジルリクをどうしても使いたかったのです。

 他方、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、PKK(クルディスタン労働者党)との2年に及ぶ休戦、和解に終止符を打ちました。それだけではなく、前回申したように、これは少し難しいのですが、シリアのクルド人は略称でPYD(クルドの統一民主同盟:クルド民主統一党)といいます。それから、しばしば外国のプレスなどにも出てきますのは、YPG(クルド人民防衛隊)というのがあります。YPGとは、このPYDの軍事組織のことを言うのです。これらとの対決が大変正面から公然化しています。すなわち、トルコは、国内におけるPKK・クルディスタン労働者党のみならず、シリアにおいて活動しているPYD・クルド民主統一党とその軍事組織であるYPG・クルド人民防衛隊とも対決を深めているということなのです。


●強硬プロセスによる問題ゼロ外交の破綻


 こうした一連の強硬なプロセスは、エルドアンが首相時代の15年前から展開してきたプラグマティックな外交がついに破綻したということを意味しているというのが、私の考えです。つまり、当時のエルドアン首相とアフメト・ダウトオール外相は、隣国との問題ゼロ外交をうたってきましたが、その前の欧州志向外交から新しいオスマン帝国の広がりを念頭に置いて新しい攻撃的な外交を展開するというネオ・オスマン主義外交に大きく舵を切ったそのシフトが、いまや破綻の瀬戸際に瀕しているということです。

 つい数年前まで、このエルドアンの政権であるAKP(公正発展党)は、中東における立ち位置に大変強い自信を持っていました。2012年4月、今は首相である当時のダウトオール外相は、「今からトルコは、中東における変革の波をダイレクトする(指揮する)」と、大見栄を切ったことがあります。また、同じ2012年9月に、当時のエルドアン首相は、シリアにおいてアサドが間もなく打倒されると楽観視して、次のように公言したものです。つまり、「神、アッラーがお喜びになられるだろう。私たちもダマスカス(シリアの首都)に喜んで出かけよう」と。そして、ダマスカスには、あの十字軍を撃退した有名なクルド出身の人物で、もともとはムスリムでスンナ派のサラディン、サラーフッディーンの墓廟がありますが、「このサラディンの墓廟でコーランの一説を独唱しよう。そして、ダマスカス最大のモスクであるウマイヤド、ウマイヤ・モスクにおいて祈りを捧げよう」と、このように自負していたのであります。しかし、こうしたエルドアンの自信というのは、すっかり吹き飛んだかのように思います。

 すなわち、エルドアンとダウトオールのコンビは、トルコが2002年の選挙で2人の政党であるAKPが勝利を収めたように、民主化の波の中で、アラブ各国があたかもトルコ型の民主主義的な変革、トルコ型の民主主義を採用するというように踏んでいたわけであります。しかし、ありようは、アサド政権はダマスカスにおいて4年の試練を持ちこたえ、そして、シリアにおいてエルドアンが基盤としていたムスリム同胞団という、規格で言えば穏健なイスラム原理主義の組織の勢いを失墜せしめることになりました。こうした政治的な真空をぬって発展したイスラム原理主義の過激派が、ISなのです。


●深まるトルコの孤立と中東のカオス


 エルドアンという非常に妥協を知らぬ、そして、ハードライナー、強硬路線一点張りのこの自信に満ちた対外政策というのは、結果としてトルコを孤立させることになりました。今トルコは、イエメン、シリア、エジプト、そしてイスラエル、リビア、この中東の国々に大使を持っていません。大使を召還してしまうという大変強硬な措置を採ったからであります。

 エルドアンは、そうした意味において、エジプトにおいてもムスリム同胞団を支持し、ムスリム同胞団出身のムハンマド・ムルシー...
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