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クルド票・反クルド票の双方を集める危険な賭け

トルコ民主主義の行方(3)出直し選挙へ

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
トルコ ・エルドアン大統領とアメリカ・オバマ大統領
トルコの外交と内政は、ともに八方ふさがりの状況に陥っていると歴史学者・山内昌之氏は見る。それを象徴するのが、2015年6月に行われた総選挙の結果であり、その後のエルドアン大統領率いる与党の対応だ。11月にも出直し総選挙が実施されることが決まった、その原因と政府の迷走とは?(全3話中最終話)
時間:10:35
収録日:2015/08/05
追加日:2015/09/21
カテゴリー:
≪全文≫

●トルコ与党の議席減がクルド人対応に結び付いた


 皆さん、こんにちは。

 トルコの外交と内政との関係について触れてきました。前後することになりますが、この6月にトルコで行われた総選挙の結果について、少し補足して解説しておきます。

 この選挙で、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とアフメト・ダウトオール首相の与党であるAKP(公正発展党)は、従来議会で持っていた多数の議席を失い、単独では40パーセントに満たない議席にまで大きく減らすことになりました。

 そこでエルドアンは、自分の考えていた議会における憲法改正の発議、自らの権限すなわち共和国憲法の改正による大統領権限の修正・強化、これらの思惑が実現できないことを見通しました。

 そして第二に、この間に連立工作を行ったのですが、いずれの党もAKPとの連立を最終的には拒否するのです。今は暫定政府が成立しますが、連立が成立しなければ憲法上の定めによって総選挙をせざるを得ないことになります。結果として、遅くとも秋口までにそれが行われる気配が濃厚になってきました。(編集部注:その後、2015年11月1日実施を表明)

 エルドアンとしては、この機会に多数派を形成するために何を目指していくかが問題です。そのための切り口で一番重要なのは、反クルド票など、自分たちから流れて別なところに行った票をもう一度取り戻すにはどうしたらいいかということです。

 2年前に休戦していたクルドとの関係を、今回もう一度緊張化させたのは、そのためです。クルド人に対して厳しい対応をすることによって、保守的かつ右寄りの有権者たちの票を取り戻したい。その思惑をもって、クルドに対する対決を強化している。こういうふうに内政と外交が結び付いたということなのです。


●クルド票・反クルド票の双方を集める危険な賭け


 この間の選挙において、エルドアンの政党の議席を奪ったのは、HDP(人民民主党、ヘデプ)という政党です。HDPはクルド人の支持者が多い政党で、およそ10パーセント以上の得票率を獲得しました。10パーセント以上というのは大変な数字で、クルド人だけではなく、トルコ人の票も入ったことを意味します。つまり、クルド問題に関して、トルコ人の一部にも非常に同情する人たちがいることが分かったのです。なんとかしてトルコ人有権者をここから切り離したい。実はクルドはそのような信頼に値するグループではなく、HDPは危険な政党だということを示したいという思惑が、この間の政治的に危険な賭けに現れているのです。

 もう一つ、自分たちの党に流れるべきであった票、すなわちれっきとした反クルド票はどこに流れたかというと、トルコの国粋主義政党であるMHP(民族主義者行動党、メーヘーペー)という党に流れていました。ここから反クルド票を取り戻すにはどうしたらいいかということで、MHPと同じような過激かつ極端なクルド政策をとれば、その票をもう一度取り戻せるだろうとにらんだというわけです。

 それから、最大のライバルである世俗主義政党として、共和国初代大統領ケマル・アタチュルク以来のCHP(共和人民党、ジェヘペ)があります。このCHPにもクルド票が流れています。

 これらのクルド票が流れるのを妨害するためのいろいろな画策、野心的なデザインの中心になっているのが、クルドを対決に巻き込むことです。それによって、トルコ政治の中に秩序付けられていたある種の棲み分けやクルド人の投票行動などをもかく乱させようということなのです。


●リベラルな有権者の支持と軍の動向を見守りたい


 エルドアン大統領によるPKK(クルディスタン労働者党)に対する厳しい弾圧や対決の復活、あるいは選挙のやり直しのような反民主主義的な意図や思惑は、実際には裏目に出るかもしれません。こうしたやり口や手法に対して、嫌気がさしているリベラルな有権者もいるからです。こういうリベラルな有権者たちは、再びクルド人とともに、10パーセントを獲得したHDPの支持にまわるかもしれないのです。

 それから、もう一つ私たちが見ておかなければならないのは、軍の動向です。エルドアン大統領は今のところ、トルコの国防軍を完全に自分の統制下に置くことに成功しています。ところが、ケマル・アタチュルク以来、救国の原動力であった国防軍が、一政党の目標のために政治利用されることへの懸念もあります。

 過半数を獲得したいという政党の思惑や大統領権限の強化などの政治的な思惑のために、軍が政治利用される。それどころか、戦争や武力衝突によって、トルコの若者が死亡するようなことも考えられる。このことに対して国防軍がどういう反応をするのかというところが、今後私は注目される点ではないかと思うのです。これを見過ごし...
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