●アメリカ大統領には権限がない
―― 皆さま、こんにちは。本日は曽根泰教先生に、アメリカ政治の政策決定過程について教えていただく講義を、これからお聞きしたいと思います。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
2020年11月に大統領選挙もございまして、ちょうど今アメリカ政治に対する関心も高まっているかと思います。ただ、日本人は、アメリカ政治が具体的な政策決定としてどう動いていくかということを、案外知らないとも思っておりまして、ぜひそこをお聞きできればと思います。
まずは、大統領です。大統領という存在について、日本人の中には大統領の力は強くて、何でもできるのではないかと思っているような人もいると思います。実際のところはどうなのでしょうか。
曽根 一般イメージと違って、アメリカ大統領には権限がないということを、まず押さえないといけないです。
―― 権限がないのですね。
曽根 権限がない。教科書的な説明でいくと、われわれはよく「三権分立」といいますね。三権分立によるチェック&バランスという言葉も聞いていると思います。それでいうと、大統領には立法権も予算編成権もないのです。
―― 立法権もなければ、予算もつくれないということですね。
●大統領の巨大な権限は「ノーと言う」拒否権
曽根 では何をするかというと、議会に対して教書を送って、「こういうことをやりたいです。それに従って立法してください」ということで、そちらまかせの話になってしまうわけです。
―― 教書というのは、日本のイメージでいうとどういうものに近いのですか。
曽根 施政方針です。
―― なるほど、なるほど。
曽根 ただ、大統領が手足をもがれたように権限がないにもかかわらず、実際には政治を動かしている。それがどういう方法なのかというのは、実は一番重要な部分です。それは教科書的にいう「三権分立でチェック&バランス」というよりも、「チェック、チェック、チェック」です。
連邦制のアメリカでは州の力もありますから、州がチェックする場合もありますし、最高裁はもちろんチェックする。そのため、アメリカ政治において大規模改革はなかなか実行できないと言われてきました。
一方で、大統領には拒否権があります。上下両院で通した法案を大統領が拒否するのですから、巨大な権限であるのに間違いありませんが、何かを実行する力ではありません。あくまでもチェックであり、「ノー」と言う権限なのです。
ですが、「ノー」と言う権限をひっくり返すためには、議会が採決すればいいわけです。そのためには議席が3分の2あればいいのですが、なかなか3分の2は取れません。だから、大統領に権限があるとすれば、「拒否権がある」ということです。
●日本や英国の首相より権限の少ないアメリカの大統領
曽根 例えば、ドナルド・トランプ氏は大統領になって、「壁をつくる」と宣言しましたが、壁をつくるといっても、予算措置をしなければいけないわけです。
―― そうですね。お金がないとどうにもなりません。
曽根 議会を通さなければいけないのですが、議会は通らない。そうすると、実行のしようがない。そこでクラウドファンディングなどを行い、そこでまた不正が起こったのではないかなどという話になってしまうわけです。
ただ、「大統領令」という形で、そこを補っているところも若干ありますが、それは立法、つまり法案を通すことで、予算を通すこととは大違いです。
―― 大統領令というのはどういうイメージですか?
曽根 大統領令というのは、大統領が連邦政府機関(軍を含む)に対して発する命令で、日本でいうと政令や省令に当たるもので、大統領が実行したいことを命令あるいは発令したりするわけです。それを用いてできる部分もあり、法律とほぼ同等の効力があるが、それで法律をしのぐことまでできるのかというと、それは制度的には難しい。
―― なるほど。そうすると、日本の首相よりもはるかにできることは少ないというイメージですか。
曽根 一般論として、議院内閣制のほうが弱そうに見えるけれども、日本やイギリスの首相がはるかにいろいろなことができる権限は大きい。そのように考えたほうがいいと思います。
●「ねじれ国会」と「分裂政府」に悩むアメリカ議会
―― では、今のお話を踏まえて、教科書的なアメリカの説明をもう一度繰り返すと、まず、今ご説明があったように、大統領制があるということですね。それから、上院・下院の二院制があります。それらは三権分立により、かなり厳格に「チェック、チェック、チェック」を行っている。以上のことに加え、アメリカは連邦制で、地方の権限もそうとう強いというところですね。
曽根 はい。
―― (アメリカの政策決定は)そういう流れになって...