●「プロライフ・プロチョイス」から「マスクをする・しない」へ
曽根 (エリートとポピュリズムの対立だけではなく)トランプ氏が乗ったのは、もう10年ぐらい前から分極化しているアメリカ政治です。
―― アメリカは分かれたわけですか。
曽根 はい。「ポラライズ(polarize:分極化する)」という言葉が正しいと思う。ポラライズしているのです。
昔は、保守と革新でポラライズするものでした。ところがアメリカのポラライズの代表は、昔から「プロライフとプロチョイス」です。プロライフとプロチョイスとは何のことかというと、プロライフは堕胎してはいけないという生命尊重勢力、プロチョイスは堕胎してもいいという選択尊重勢力です。これは人権問題のことです。
―― なるほど。
曽根 これによるいがみ合いなどがあったわけです。それから、「鉄砲規制(銃規制、gun control)」もあります。鉄砲規制に根強く賛成する派と根強く反対する派。こういうものは昔からありました。
ところが最近は、あらゆる政策争点でポラライズが起こります。それはちょうど経済的な格差などと同じように、ポラライズしています。トランプ氏は、そのポラライズにうまく乗ったということも言えるわけです。
―― なるほど。
曽根 昔は妥協が成立したので、両院協議会で成立する法案があったことをお話ししました。今では議会の中がポラライズしているので、共和党と民主党の妥協はほとんど不可能になり、党派的な投票をするのが議会になってきました。
最近でいえば、「マスクをする・しない」というのは、アメリカ人にとってはもうまったく党派性の問題です。トランプ支持者はマスクをしたがらない。
そういうポラライズしたアメリカが背景にある。その分極化に乗ってトランプ氏が当選したことで、傷口に塩を塗ったように、トランプ時代にさらに分極化が進んだとはいえると思います。
●分極化が進んだアメリカ、これまでの政治の常識は通じなくなっている
―― 今回の講義シリーズで、アメリカの政治は「チェック、チェック、チェック」で進んでおり、そうは言いながらも実はオバマケアのようなものは、アンダーグラウンドでチーム的に行われたというお話がありました。こうしたアメリカの政治過程といったものは、今回のトランプ時代を経験した以降、さらに変わっていく可能性があるということですか。
曽根 トランプ政権誕生の時には、旧来の共和党がトランプ氏を吸収するのか、トランプ氏が共和党を乗っ取ってしまうのか、どちらだろうかということを見ていました。旧共和党、つまり共和党が例えば貿易や自由主義的な経済政策でトランプ氏の言っていることと違うときに、アメリカはどちらに行ったのかというと、共和党がトランプ氏のほうに寄ってしまったわけです。
―― なるほど。
曽根 そういう意味でいうと、分極がもっと進んだということです。さらにこのトランプ時代に党派的な変換が起こると、分極はもう少し緩まるのかどうか。
格差問題は、特に所得格差が結構拡がっています。また、トランプ時代に「ラストベルト」といわれる中西部のミシガン、ウィスコンシン、オハイオあたりの製造業がどうなるのかなどというのは、民主党政権になったとしてもやはり変わらない問題ですよね。
アメリカを見ていると、アメリカの経済がいい理由は実はそこではなくて、カリフォルニアやボストン、つまりハイテクやGAFAのような存在にあります。要するに新しい知識や人材を入れて、世界規模で展開するプラットフォーマーのようなところ、あるいは医薬品の開発のようなところです。そこに稼ぎ頭がいるわけですが、これとトランプ政権とは、ズレがあるのです。
今後ポラライゼーションは果たして縮まるのかというと、政権が変われば若干縮まる可能性はあると思います。だけど、トレンドとしては、ここまで開いたものはなかなか縮まりにくい。それは、今までのポラライゼーションをさらに拡げてしまったトランプ氏のせいというよりも、もともとポラライゼーションのあるアメリカの問題だし、世界的にそれがあるわけですから、そうした問題はやはり課題としてはずっと残ってしまうわけです。
―― 分極化の流れというのは、本当に大変なことです。先生が今ご指摘になったように、トランプ氏のせいというよりも時代のせいということもありますし、今アメリカの覇権がどうなるかという世界的な問題になります。このまま分極化が進んだ場合、アメリカはこれまでのアメリカのままであり得るかという問題にも直結してきますね。
曽根 かつてのアメリカ政治の常識は、もはや通じなくなっている。アメリカはグローバリゼーションの波に、いち早く乗ったわけです。特に金融を中心として乗って、ITがさらにそれをインフラとして支えた...