●シリアから国外に難民として出た400万人以上

  • ヨーロッパ側は現在起きている情勢を「第2次世界大戦以来最も深刻な難民危機の到来」と捉えている。シリアの近隣諸国、例えば他のアラブ諸国や湾岸の豊かな産油国が、難民の危機に対していかなる対応をしているのかというと、国外に難民として出た400万人以上ものシリア人のうち、ほぼ半分は陸伝いでトルコに逃れた。彼らの一部が、現在ヨーロッパを目指している人々の主流になっているとみられている。ヨルダンには、ザータリという所に大きなキャンプがあり、そこだけで数万人のシリア難民を受け入れているし、他のアラブ世界のあちらこちらに、分散して難民を受け入れている国がある。特にシリアの隣国レバノンでは、その数は増える一方だといわれている。
シリア難民問題(1)クルディ少年の悲劇

●難民を受け入れるに前向きな湾岸諸国とドイツの現実

  • 湾岸諸国は、300万人に及ぶシリア人難民とイエメン人難民の主要な援助金の提供国となっている。また、難民受け入れについては、「アラブの春」噴出以来、湾岸諸国、例えばアラブ首長国連邦やカタール、サウジアラビア等では、もともとそこに居住していたシリア人の父親、あるいは家族の一員に対して、シリアに残されている家族の残りを呼び寄せ、合流することを認めている。さらに、新たな難民として家族が丸ごと移住してくる場合には、一括承認の手続きを行うことにより、数千人単位で受け入れているという現実もある。
シリア難民問題(1)クルディ少年の悲劇
  • スウェーデンやドイツといったヨーロッパの特に難民を受け入れることに前向きな国については、そのヒューマニティーや人道性ゆえに高く評価しなければならない。意外に日本では知られていない事実だが、1970年代のレバノン内戦以来、難民に最も温かく接し、そして受け入れてきたヨーロッパ有数の国は、ドイツだった。
  • 湾岸での市民の人口比率に占める外国人の割合、数を考えたとき、一層の難民を受け入れていく、あるいは無制限に難民を受け入れるということが難しいのも事実。
  • かなりのシリア難民が今ヨーロッパを目指していることは事実。ハンガリーの首相の言を借りれば、どの難民もハンガリーやセルビアにとどまろうとしないで、彼らはドイツに向かう希望を持つ者ばかりだということだ。
  • ドイツだけの善意、ドイツ人の負担だけでは難民問題の解決が難しいのも事実。トルコからギリシャへの船での旅は、ほとんどギャンブル、賭けに近いものだ。(中略)現実に、シリア難民のクルディ少年たち一家はそうした中、海で遭難し、トルコの海岸にその遺体が痛ましくもたどり着いたということだ。
シリア難民問題(2)アラブ諸国に対する誤解

●難民を受け入れないイラン

  • シリアにかなり関与していながら、一人のシリア難民も明示的には受け入れていないイスラムの国が一つある。イラン・イスラム共和国だ。それは、イランの支配体制が、シリアのアサド政権の犯罪的な行為、あるいは、アサド政権の非常に問題のある政治体制に最初から加担し、それを支援してきたという現実と無関係ではない。
シリア難民問題(3)解決に向けて~期待されるイラン

●国を捨てるシリア人、ISの兵士となる欧州の若者

  • シリア人は、父祖伝来の土地、国を捨てざるを得ず、捨てることを強いられているのに対して、代わりにアフガン人やチェチェン人といった過激派の人びとのみならず、イギリス、フランス等々のヨーロッパの若者たちが、イスラム国(IS)の戦士、兵士として、シリアに代わって登場してくるというのは、誠に不可思議、そして奇怪な現象、逆説だといわなければならない。
シリア難民問題(3)解決に向けて~期待されるイラン

●ISは米欧とロシアにとって共通の敵だが、アサドは違う

  • ●ISは米欧とロシアにとって共通の敵だが、アサドは違う
  • アサド政権の和平関与を認めず、4年間にわたる一連の内戦の責任を取るべきだとする米欧と違い、ロシアには反アサド勢力をも暫定政権に受け入れる用意がある。彼らは、ISを除いた本格的なシリアの再建前の移行期においては、アサドと反アサド勢力が協力する用意があると考えるようになっている。現在のところ、ロシアと米欧との間にはここでも大きな違いが、まだ解決できないままに残っている。
混沌のシリア情勢を読む(1)ロシアのシリア空爆

●シリアを取り巻くロシアとイランの思惑

  • プーチン率いるロシアの軍事干渉は、アサド政権を別な脅威であるイランから守り、ロシアの中東権益を守る意図が潜んでいるという見方だ。
  • 問題は、シリアの内政や主権に関わる住民や領地の交換という行為について、イランが実質的にバッシャール・アル=アサド大統領の頭越しの交渉を行っている事実が最近明らかになろうとしていることだ。これは、シリアの主権国家としての存在やアサド大統領の存在が無視されたことを意味する。
混沌のシリア情勢を読む(2)ロシアの大国戦略

●アサド政権が持ちこたえているのは、外国勢力の介入と援助という矛盾

  • アサド体制は、アラウィー派というシーア派の一派、分派との間で支持基盤を持ち、キリスト教徒の共同体の間でも民衆的な基盤を持っている。しかし、この両勢力は、国土の80パーセント近くの住民を占めているスンナ派のアラブ人たちに対しては、著しく均衡を欠いた勢力であり、この二つの勢力間の争いが、いわば古典的な意味での内戦と言えるかどうかは、大変疑問なのだ。ここであたかも内戦であるかのように、均衡した勢力が存在していると見えるのは、アサド側に空軍勢力があるからだ。
  • アサド政権はなぜ持ちこたえているのかというと、それは、内戦においては珍しい外国勢力の介入と、外国勢力による援助を受けているからだ。つまり、それがロシアであり、イランであるということだ。(中略)反アサド陣営には、もはや言うまでもなく、イスラム国(IS)を例にとるまでもなく、そこには80カ国以上から来た多数のジハーディスト、多数のテロリストたちが参加している。両陣営とも、外国からの財政的、あるいは兵站、ロジスティクス、あるいは宣伝、こうした点での支援を受けている。
混沌のシリア情勢を読む(3)シリア内戦の特異性
  • シリア情勢の一部は、国内紛争、内戦というよりも、むしろ外部の対立する国々、すなわち、アメリカ、ヨーロッパ対ロシア、あるいは、ロシア、イラン対米欧のブロック、こうしたある種の代理戦争の様相を呈している。
混沌のシリア情勢を読む(4)内戦の文法
  • 「シリアの春」を挫折させたのは、アサド政権の否定と擁護の違いを問わず、外国の勢力がシリアの内政、ひいては内戦に公然と軍事干渉を行ったからだ。ISの力が伸びると、ロシアとインドは、テロとの戦いということを大義名分にして、アサド政権の代わりにその内戦に公然と加わるようになった。すなわち、シリア内戦は、ここにシリア戦争にエスカレートするという事態が生じたのだ。
中東の火種・シリア(1)なぜシリアの春は挫折したのか

●シリア問題解決への道は混沌〜アサドは「自作自演の和平ゲーム」の主役か

  • シリア問題の終結のために招集されたジュネーブ会議の協議(「ジュネーブ3」)は、はかばかしくない。当然のことで、アメリカやヨーロッパから「穏健派反対政府勢力」と呼ばれる人々が「最高交渉委員会」というブロックをつくって会議に参加したが、彼らにすれば交渉するべき相手がバッシャール・アル=アサドであることが理屈に合わないからだ。
  • ロシアの「てこ入れ」と、アメリカの傍観と言えるほどの「無関心」によってアサド体制は蘇生したことになる。こうしたアサド体制に対する反発から始まったのが「シリアの春」であり、シリア内戦につながっていったことを考えると、ここでアサド体制の存続を前提とするような交渉は、政治的な自殺行為を意味しかねない。
  • アメリカとフランスは、2015年9月のロシア軍介入以降、11月のパリの大テロを機に、イスラム国(IS)と本格対決するために、アサドに宥和的な態度を示すようになった。これは、アサドを「最大の犯罪者」と考えるスンナ派アラブの大勢に背を向けたことであり、シリア問題の交渉の主導権をロシアとイランに委ねたに等しい結果となった。
  • 2015年11月のウィーン会議で達成されたのは、「2017年にシリア問題解決を終了させよう」という非常に気長で、のんびりしたロードマップづくりだった。その後、アメリカは、(中略)国連安全保障理事会のシリア問題決議案に、ロシアの原案を大幅に取り入れることに同意。すなわち、アサド体制の事実上の容認につながる。こうしたケリー国務長官の考えは、中東におけるアメリカの古い同盟国であるサウジアラビアとトルコから、もちろん強い反発を買った。
  • 米欧は、核合意や経済制裁解除によるイラン市場への進出を期待するあまり、反政府勢力の範囲や人物をイランが特定することまでも容認した。そのようなイランの気ままな行為にも沈黙を守らざるを得ないところに、力関係の差が出ている。(中略)本来ならばシリア戦争の戦犯として人道的にも厳しく批判されるはずのアサド大統領は、自分と和平交渉させる「自作自演の和平ゲーム」で主役を務めようとしている。
中東の火種・シリア(2)アサド復権への曲折

●リビアとイエメンにも波及〜外国勢力が内戦に干渉

  • シリアは、チュニジアやエジプトのケースとは異なり、イスラム国(IS)の「緑色テロ」に加えて、国内戦が外国を交えた戦争に変化し、国民が集団難民としてヨーロッパを流浪するようになっている。シリア国民の破局と悲劇の規模は、フランスやロシアの歴史的な悲劇と比べても、質量ともに独特なものがある。そうした試練の規模や質においてシリアに及ばないリビアとイエメンにおいてすら、今や内戦が起こり、そこに外国勢力が干渉している事実は否定できない。
中東の火種・シリア(3)世界革命史から見たアサド