テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

シリア内戦で生まれた国外難民400万人

シリア難民問題(1)クルディ少年の悲劇

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
ヨーロッパ国境に難民が押し寄せている。イスラム国(IS)の台頭などの影響を受け、シリアやイラクでは数百万人規模の人びとが国外退去を余儀なくされ、あるいは国内で避難民となっているのだ。とりわけクルド系シリア人、アイラン・クルディ少年の遺体がトルコの海岸で見つかった写真は、人びとに大きな衝撃を与えた。「第2次大戦以来最大の難民危機」が叫ばれる今、近隣の湾岸諸国への風当たりが強くなっている。世界や日本の報道が伝えきれない真実について、歴史学者・山内昌之氏が読み解いていく。(全3話中第1話目)。
時間:11:04
収録日:2015/09/16
追加日:2015/09/18
カテゴリー:
≪全文≫

●ドイツに向かって大挙するシリア難民たち


 皆さん、こんにちは。中東危機の発展とともに、シリアなどの難民問題が大変解決困難な問題として新たに浮上してきました。

 私は8月下旬から9月上旬にかけての2週間ほど、ヨーロッパ(ドイツ)からアラブ首長国連邦、ドバイ、さらに中央アジアに飛び、カザフスタンではアルマトイとアスタナ、ウズベキスタンではタシケントとサマルカンドのそれぞれ2都市を回ってまいりました。

 この出張の最中、どこの国でもテレビや新聞のトップを飾っていたのは、ハンガリー経由でドイツやオーストリアに向かおうとしていたシリア難民の流れでした。

 私がミュンヘンを訪れたのは、毎年経済産業省や中東協力センターの肝入りで行われる「中東協力現地会議」で基調講演をするためでした。シリア難民の姿がちらほらとミュンヘンに現れ、さらに大きな流れが向かおうとしている最中に私はドイツに滞在し、その様子を見ながら中東のドバイに戻ったのです。


●クルディ少年の写真がヨーロッパに与えた衝撃


 日本でも流されたニュースだと思いますが、クルド系シリア人の少年アイラン・クルディくん(3歳)の遺体がトルコの地中海岸の保養地、ボドルム近くの海岸で見つかった事件は、中東でもヨーロッパでも大きく報じられていました。彼の写真がもたらした大きな衝撃は、特にヨーロッパ社会ではこれからも世代を越えて語り継がれ、将来にわたって継承されていくものと思われます。

 彼とその兄、そして母親の3人は、最近のシリアに広がったグローバルな危機と直面したための悲劇による犠牲者です。

 3人は、生命の安全さえ確保できないほど危険と混乱に満ちたシリアから「自由への道」を求めて避難しようとしました。しかし、その道は閉ざされてしまい、故郷コバニへの帰郷は遺体という無念なかたちで、埋葬されるために祖国へ戻ることになってしまいました。なんという痛ましさでしょうか。

 シリアの紛争について少し振り返ってみると、人口2200~2300万人の国の中で、すでに400万人の難民が国外へ出ました。国内においてはもっと多く、700万人が家や故郷を失って国内難民と化してしまっています。


●「第2次大戦以来最大の難民危機」と見る欧州


 ヨーロッパ滞在中、私はドイツの新聞やテレビを通して毎日のようにヨーロッパの国境を横断していく難民の姿を見ました。そして、シリア人が中東において経験した恐怖や苦難の一端を垣間見る気がしたものです。ヨーロッパ側は現在起きている情勢を「第2次世界大戦以来最も深刻な難民危機の到来」と捉えています。

 そこで、皆さんも疑問に感じられるだろう問題は、シリアの近隣諸国、例えば他のアラブ諸国や湾岸の豊かな産油国が、難民の危機に対していかなる対応をしているのかということでしょう。

 国外に難民として出た400万人以上ものシリア人のうち、ほぼ半分は陸伝いでトルコに逃れました。彼らの一部が、現在ヨーロッパを目指している人々の主流になっているとみられています。

 ヨルダンには、ザータリという所に大きなキャンプがあります。そこだけで数万人のシリア難民を受け入れていますし、他のアラブ世界のあちらこちらに、分散して難民を受け入れている国があります。特にシリアの隣国レバノンでは、その数は増える一方だといわれています。


●西側が抱く湾岸諸国への誤解と、王政批判


 こうした中で、日本を含めた西側には、アラブの湾岸諸国、GCC(湾岸協力会議)に属する国々に対する大きな誤解が、一つあるようです。難民危機問題に対して、彼らは何もしていないのではないか。あるいはこの問題に直面することから目を背けているのではないか、という批判です。

 しかし、この批判の中には、難民問題やそれにまつわる人道危機とは別の要素が含まれています。それは君主制国家である湾岸諸国への非難という、直接には因果関係のない問題です。そういうことまで含めて丸ごと、湾岸の王政国家や産油国を批判しようとする態度には、イデオロギー的な立場や、複合的な意図ないし目的を持って非難する論調が含まれています。そのことがかえって問題をぼやかす結果になっているのではないかと、私は恐れるのです。

 そもそも外国人に対する扱いが悪かったり待遇に問題があるということと、難民を受け入れることは、また別の問題です。難民、ひいては外国人移住者や外国人労働者に対して、ドイツの扱いが冷たいとか差別的であるということはよく聞きます。しかし、そうした中でも、ともかくドイツが今回多数の難民を受け入れた人道的な措置に対しては、まず評価してしかるべきなのです。

 そのような評価は、また公正にバランスを取って、湾岸諸国をはじめとするアラブの近隣諸国についても語...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。