●中東の宗教「紛争」が「戦争」に発展する危険性
皆さん、こんにちは。サウジアラビアとイランとの断交はまだ続いていて、国際関係における緊張要因になっています。
スンナ派の盟主であるサウジアラビアと、シーア派の総本山ともいうべきイランは、これまでも安全保障など、国益の相対を含めて長いこと競い合ってきました。いわば、彼らはすでに冷戦状態にあったのです。そこに、2016年1月の断交が起きたわけです。
引き続いて、私の中東滞在期間中に、サウジアラビア空軍がイエメンにあるイラン大使館を空爆したことで、イラン政府による非難が起こりました。サウジアラビア側は、「いや、その空爆はイラン大使館を目標にしたものではない。その近くを攻撃したものが、たまたま大使館のそばに着弾しただけである」と弁解をしています。
いずれにせよ、両国がもし正面から事を構えるとすれば、これは国家間の衝突という通常の戦争のレベルにとどまりません。肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)という、イラクからシリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、エジプトまでつながる大きな舞台が絡んでくることになります。すなわち、スンナ派対シーア派という宗教紛争が、一挙に宗教戦争に発展する危険性が生じてくるのです。
●中東複合危機と第3次世界大戦の間の短い距離
この最悪のシナリオが実現すれば、中東複合危機は第三次世界大戦への扉をストレートに開くことになると思います。そうなれば、米欧やロシアは中国とともにこれに巻き込まれ、ホルムズ海峡は封鎖されるか、自由航行が大きく制限されます。そして、日本はもとより、世界中のエネルギー供給や金融株式市場、景気動向を直撃するショックが到来することになります。
もっとも、非常に冷静な面を持つ文明国家イランは、1月下旬のイスラム協力機構の緊急外相会議やダボス会議において、外務大臣がサウジアラビアに緊張緩和を呼び掛けていますし、アリー・ハメネイ最高指導者もサウジ大使館焼き討ちを「悪行であった」として、率直に下手人たちに対する非難声明を出しています。
イランのハメネイ最高指導者とハッサン・ローハニ大統領は、いずれも制裁解除によるイランの国際社会復帰を優先したいものと思われます。
サウジアラビアとイランが対立して、スンナ派とシーア派の宗教紛争が高じ、戦争のレベルまで達すると、利益を得る勢力があります。それは、他ならぬイスラム国(IS)です。それによって、ISと対決する国際的な取り組みが弱まるからです。
スンナ派とシーア派との宗派的力関係が敵対的に変化することは、これまでISに対して共感的だったり、密かに援助してきたり、少なくとも共感の声が一部世論の中に混じっている国においては、大事です。サウジアラビア、カタール、トルコなどがそれに当てはまりますが、彼らの中で「反シーア派」ないし「反イラン」の国民感情が強まれば、中東情勢や国際政治の枠組みは大きく変動するに違いありません。
●シーア派処刑の裏にあった「核合意」への焦り
今年の1月2日の事件、すなわちサウジアラビアによるアヤトラ・ニムル・バクル・アル・ニムルと他の3人のシーア派教徒の処刑は、イランはもとよりシーア派世界の人々にとって、簡単に忘れられるものではありません。
43人のスンナ派の人間をテロリストとして同時に処刑したサウジアラビアは、「シーア派に対する差別的な処刑ではなく、テロとの戦いの大義に基づくもの」だとして、シーア派に与える衝撃を減殺させようとしましたが、イランはその時点ですぐには納得しませんでした。
サウジアラビアがこのように思い切った挙に出たのは、イランの核開発原則を図るウィーン最終合意に見られるイラン外交の成功に対する焦りからです。
2015年7月の「核合意(正式名称:包括的共同行動計画。略称:ウィーン最終合意またはウィーン核合意とも)」は、サウジアラビアをはじめとするスンナ派アラブ諸国によるアサド政権の打倒を図る対シリア戦略の挫折、さらにはサウジアラビアの対米外交の冷却化と極めて好一対を成しています。
ウィーン核合意の将来は、必ずしも楽観視できませんでしたが、当時イランのジャヴァード・ザリーフ外相は、非常に印象的なことを述べました。「それは誰をも満足させなかったが、誰にも重要なことだった」という発言です。
●アメリカとイランの接近を邪魔したいサウジアラビアの意図
はたして、2016年1月16日、米欧などによる経済制裁が解除されました。核合意と制裁解除を機に、アメリカとイランとの間に緊張緩和(デタント)が進めば、アメリカは、冷戦期のようにイスラエルとサウジアラビアを同盟国として絶対視する旧思考から抜け出し、中東和平の気運...