テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

サウジアラビアとイランの対立…背景にあるコンプレックス

中東最新事情を読む(5)イラン国内の二つの流れ

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
イラン米国大使館人質事件(1979年)
歴史学者・山内昌之氏によるイランとサウジアラビアをめぐるシリーズレクチャー。今回は、対サウジアラビアにみるイラン国内の大きな二つの流れについて、山内氏が解説を加える。イランはサウジアラビアの一連の行為をきっかけに、一気にシーア派革命を推し進めるのだろうか?(全7話中第5話)
時間:09:48
収録日:2016/02/02
追加日:2016/03/03
カテゴリー:
タグ:
≪全文≫

●イランに独特のコンプレックスを持つサウジ


 皆さん、こんにちは。前回は、サウジアラビアとイランとの関係の悪化、緊張の増大について触れてみました。特にサウジアラビアの同盟国アメリカが、サウジにとっては敵性国家と見られたイランへ傾斜するといった国際要因を含めて、サウジアラビアの政治環境がますます複雑に変化していることについて触れた次第です。

 スンナ派とシーア派の中東政治学や地政学、あるいは、宗派対立の歴史性については、アメリカ、ヨーロッパ、ひいてはロシアの国際政治感にはない独特なものが多く見受けられます。シリアにおいては、シーア派のイランが戦争の当事者であり、かつレバノンもイラクもシーア派が多数を占めています。湾岸においても、シーア派住民が多いのは周知の事実です。つまり、ペルシャ湾から地中海まで、普通の一般的な地図には決して描かれることのないシーア派イランの勢力圏が広がっているということに、サウジアラビアは敏感なのです。ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子は、オバマ政権が中東で戦略的に重要な国としてイランを事実上認知した以上、地域安全保障と国内シーア派の反乱阻止を、自らの力で図らざるを得ない状況になっています。

 重要なのは、サウジアラビアのイランに対する独特な優性コンプレックスと劣性コンプレックスの二つを見極める点です。スンナ派の盟主を自認し、かつ7世紀の預言者ムハンマドの流れを汲んでいると自負するサウジアラビア人にとって、シーア派に対する優越感があることは言うまでもありません。その反面、長い歴史的な伝統や、歴史そのものに支えられた文明大国であるイラン、そして、それを構成している洗練された国民であるイラン人に対して、サウジアラビア人は、もちろん明示的には言いませんが、深層心理を含めて劣等感を持っていると言われています。双方の関係は、逆説と複雑なねじれに彩られていると言ってもよろしいかと思います。


●イランの複雑さの要因-スキゾフレニア


 しかし、イランの複雑さは、それ自身の内にあるということが、またこれが複雑な点です。つまり、ルーホッラー・ホメイニーの衣鉢を継いで、国際イスラム革命、国際シーア派革命の拡大に忠実な流れと、一国イスラム主義、シーア派国家として一国主義に満足し、イラン国民国家を世界市場と国際社会に戻そうとする流れとの対立とも形容できるでしょう。これを、「イランのスキゾフレニア」と言い表す専門家もいます。スキゾフレニアというのは、いわゆる「分裂症的言動」ということです。

 こうした点は、1979年のテヘランのアメリカ大使館占拠事件から444日間も人質を拘禁し、外交官保護のためのウィーン条約に違反しただけではありません。アメリカのジミー・カーター大統領に屈辱、恥辱を与えて以来、30年ほど、ムスリム国家、イスラム系の国々を含めて17の国家と関係を断絶してきた歴史があります。そこには、エジプト、リビア、チュニジア、モロッコ、ナイジェリアも含まれていました。現在の革命防衛隊・パスダランや、民兵部隊・バシージにつながる若者たちは、ドイツ、フランス、イタリアといったヨーロッパのみならず韓国の大使館も襲撃占拠しました。こうした中のわずかな例外の一つが日本であったということは、記憶に新しいです。


●革命好機と緊張化憂慮-イランメディアも二派に


 2016年1月に私はイランに出張しました。ホテルや飛行機の中で目を通したイランの新聞や雑誌は、今回のサウジアラビアによる処刑と焼き討ち、そして国交断絶の連鎖に至る責任を、サウジアラビアに帰する点では一致していました。しかし、事件の叙述や詳細な評価がまちまちなのは、いかにも仕切られた民主主義国家、曲がりなりにも大統領や国会議員が選挙として選ばれるイランという国らしいところでありまして、こうした先ほど申した二つの流れがあるイランらしいところは、今回の事件に関しても評価が微妙に分かれているということです。

 最高指導者アリー・ハメネイの見方を代表する新聞としまして、『カイハーン』があります。また、革命防衛隊が押えているファルス通信社という国営通信社があります。これらは、もともとサウジアラビアの断交について、サウジアラビアに対して、むしろイランが最後の抑制をかなぐり捨てて思い通りにできる、つまり、サウジに対してシーア派革命を輸出できる好機が到来したと言わんばかりに、歓迎していました。他方、政府紙の『イラーン』や『シャルク』は、穏健派の元大統領、ハーセミー・ラフサンジャーニーに近い立場をとっており、外交関係の緊張化を残念がるだけではなく、テヘランの大使館やマシュハドの領事館を襲った暴徒を厳しく批判していました。

 モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相は、後者の立場、...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。