10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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原因と結果の迷宮―因果関係と哲学

原因と結果の迷宮(1)因果関係とは何なのか

一ノ瀬正樹
東京大学大学院人文社会系研究科 教授
情報・テキスト
『原因と結果の迷宮』(一ノ瀬正樹著、勁草書房)
「机を叩けば音が出る」。私たちはこれを当たり前だと思う。しかし本当にそう言えるのか。そう思わされているだけではないか。この哲学的な難問に取り組んでいるのが、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏だ。氏がいかにして、この「迷宮」に迷い込んだのか。そのきっかけとなった出来事から講話は始まる。(全8話中第1話)
時間:09:50
収録日:2016/12/15
追加日:2017/01/31
≪全文≫

●少年時代の二つの経験


 こんにちは。東京大学の哲学研究室に所属している一ノ瀬正樹といいます。本日は哲学に関する話ということで、私が主題的に研究している因果関係、原因と結果について、お話ししたいと思います。

 タイトルは「原因と結果の迷宮」をメインにしました。これは私が以前に出版した本のタイトル(『原因と結果の迷宮』:勁草書房)とそのまま同じです。因果関係というものは、われわれが普段思っている以上に理解するのが難しい。これを暴き出すことをもくろんでいます。

 まず個人的なことから話した方が取っつきやすいでしょう。なぜ私が、因果関係の問題を主題的に研究するようになったのかについて、触れたいと思います。

 中学生の時に漠然とした思いを抱いたことがきっかけです。一つ目は、中学1年生の頃に日本脳炎の予防注射をした時のことです。まだ子どもだったので、予防注射をした日、友だちと大汗をかいて遊んでしまったのです。すると夜、とても高熱が出てしまいました。その時、頭の中で「日本脳炎」という言葉とともに、とても恐怖を感じた経験をしました。その時に感じたのは、「ああ、あんなに汗をかいて遊ばなきゃよかったのに」ということでした。「遊んだ報いなのだな」というのが、高熱が出たことに対する、当時の私の理解だったのです。

 もう一つあります。これも中学生の頃だったと思いますが、テレビで「本日、誰々の死刑が執行されました」というニュースを聞いたことがありました。死刑は今日の主題ではありませんが、日本の場合、死刑は今も存置しています。しかし、かつては(執行に関する)公的な報道はありませんでした。そのため、メディアはいろいろな情報網を使い、「今日、どこそこの拘置所で死刑が執行された」ということをニュースにしていました。今はだいぶ変わってきていて、公的な報道もあるのですが、当時はそういう感じでした。

 私はそのニュースを聞いた時、「これは、この犯人が殺人事件や凶悪な犯罪など、そういうものを犯したがゆえに、こういう刑に服することになったんだな。これも報いなんだな」と理解したのです。しかしその時、同時に「はて、この死刑をすることで、どういう形で問題が解決されたことになるのかな」という非常に不可解な感覚を、子どもながらに覚えました。本当の意味で殺人事件が解決されるとはどういう意味なのか。私は子どもの時にそういうことを思ったのです。


●死刑は本当に殺人事件を解決するのか


 普通、殺人事件が起こった時に一番悲しむのは、たぶん身近な家族、遺族だと思います。もちろん天涯孤独の方が亡くなられる場合もあるので、絶対そうだとは断言できませんし、場合によっては家族間で殺人事件が起こることも決してまれでなく、むしろ結構多いのではと思います。ですから、絶対に家族が悲しむとは言えません。ただ、たいがいの場合、遺族が悲しみます。では遺族にとって、その悲しみや悲劇が解決するのは、いったいどういう事態のことを指すのでしょうか。それはもちろん、殺された家族が戻ってくることです。殺された家族が元気な姿で「帰ってきたよ」と戻ってくることが、おそらく問題の真の解決だと思います。しかしそれは、どれだけ自然科学が発達し、医学が発達しても、相当に困難なことだと思います。

 だとすると、どうすればいいか。その「次の策」はどうすればいいのかということになります。次の策の中でベストなものは死刑なのだろうか。私はそこで、非常に不可解な感覚を覚えました。遺族...
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