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逆向き因果―原因と結果の時間的逆転とは?

原因と結果の迷宮(5)逆向き因果の可能性

一ノ瀬正樹
東京大学大学院人文社会系研究科 教授
情報・テキスト
かつてヒュームが因果関係を見いだすのに必要だとした条件は、現代の物理学や哲学では完全に妥当しない。東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏によれば、原因と結果の順番は逆転し得るという。原因があって結果が生じるのではなく、結果が生じた後で原因がやってくることがあるのだ。これは、いったいどういうことなのか。(全8話中第5話)
時間:08:30
収録日:2016/12/15
追加日:2017/03/11
≪全文≫

●さらなる「原因と結果の迷宮」


 さらに「原因と結果の迷宮」に分け入らなければなりません。ヒュームは、「原因と結果」と理解される事象の特徴、すなわち恒常的連接が生じる前提として、「原因と結果は時空的に接近している」、そして「原因は結果に時間的に先行する」という2点を挙げています。

 これは、それ自体を考えたときにはもっともなことだと思います。先ほど言ったのは、原因と結果は時間的・空間的に接近しているということです。時間的にもすぐだし、空間的にも文字通り同一の場所です。「原因は結果に時間的に先行する」、これも当たり前で、原因が先に起こらなければいけません。結果は後から起こります。ヒュームはこの2点を挙げているのですが、一見こういう自明な論点でも、問題が生じないわけではありません。

 例えば、接近に関していうと、量子力学のEPR相関というものがあります。素粒子が崩壊して二つに分かれた後、一方に波束の収縮が起こると、宇宙の果てから果てまで離れた他方にも、一瞬でその波束の収縮の因果的作用が光速を超えた形で伝わります。これが、量子力学のEPR相関です。

 アルベルト・アインシュタインやネイサン・ローゼンたちは、量子力学の考え方を前提にすると、EPR相関という矛盾が起こると言いました。アインシュタインは生涯にわたって量子力学に対して批判的で、いろいろな学会で「量子力学の考え方はおかしい」と言いました。「神はサイコロを振らない」というのがアインシュタインの信条でしたが、量子力学に従うと、世界の現象は本質的に確率的であるということになってしまいます。それはおかしいとアインシュタインは考えていました。つまり、宇宙の果てから果てまで、光速を超えた形で因果関係が伝わってしまうのはおかしいではないか、と考えたのです。

 しかし、量子力学では反対に、「そういうこともあるんだ」と、むしろ認めてしまったわけです。つまり、非局所性という遠隔作用があることを認めたのです。これは、接近していなくても、原因と結果の関係が成立するということの一例です。


●原因と結果の時間的逆転(1)酋長の踊り


 さらには時間的先行です。原因と結果で、原因の方が時間的に先行しているということに関しても、「逆向き因果の可能性」がしばしばいわれます。例えば、イギリスのオックスフォード大学の哲学者で、マイケル・ダメットという人が挙げた「酋長の踊り」という例があります。これは“Bringing about the past”、「過去を引き起こす」という題の論文の中にあるものです。

 ある部族で、成人になるためのプロセスとして、2日かけてライオンのいる草原に出かけ、2日間ライオン狩りを勇敢に遂行して、また2日かけて帰ってくるという通過儀式を行うとします。若者は、その通過儀礼を経た上で、部族の中で成人したと認められます。狩りの間、酋長は、若者たちを勇敢に振る舞わせようとして、踊り続けます。そして、最後の2日間も踊り続け、若者の行動に影響を与えようとします。

 これを聞いた文明社会の人たちは、こう考えます。若者たちを勇敢に振る舞わせようとして酋長が踊り続けることが、はたして若者たちに何か影響を及ぼすのか。酋長の踊りが事実的な影響を及ぼすということが、部族の人たちによって何らかの形で信じられています。これは合理的とはいえませんが、1日目から4日目の途中ぐらいまでは、一応私たちにも理解可能です。

 ところが問題は、最後の2日間、5日目と6日目です。5日目と6日目は、もうライオン狩りが終わって帰ってくるときです。そのときに、若者を勇敢に振る舞わせようと酋長が踊っても、何の効果はないのではないかと私たちは思います。しかし部族の人たちは、5日目と6日目にも効果があると思っています。「それはおかしいですよ」ということを、その部族の人たちに説き伏せることができるだろうか。これがダメットの問題でした。

 結論としては、それを説得することは非常に難しいというものです。そういう意味で、時間を逆向きに、つまり原因と結果の関係において、結果の方が先に起こっており、原因は後から起こるという考え方を、完全に不合理だとして退けることはできない可能性を、ダメットは示唆しました。


●原因と結果の時間的逆転(2) 反粒子とタキオン


 実は、物理学の中ではこういうことがあるのです。例えば、「ファインマン=シュテュッケルベルグ解釈」といって、過去にさかのぼって進む「antiparticle」と呼ばれる反粒子の存在です。これはCPT対称性などという概念と一緒に提起されるものですが、時間をさかのぼって過去へ動く粒子です。ということは、原因と結果でいえば、原因が後から来ていることになります。

 さらには、これはややSF的な想定、仮説に過ぎませんが、「タキオン」という物質...
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