10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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不作為(◯◯しなかったこと)の原因は無限に拡散する

原因と結果の迷宮(6)不在因果の問題

一ノ瀬正樹
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
例えば、隣の家の花が枯れたとする。それは、隣の家に毎日親切に水をやっていた女性があるとき、旅に出て水をやらなかったせいなのか。一見何でもないようなこの問題には、原因と結果をめぐるとても重大な議論が潜んでいると、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は指摘する。「◯◯しなかったこと」を出来事の原因にすると、実は論理上、原因はほぼ無限大に拡散してしまうのだ。(全8話中第6話)
時間:08:39
収録日:2016/12/15
追加日:2017/03/18
例えば、隣の家の花が枯れたとする。それは、隣の家に毎日親切に水をやっていた女性があるとき、旅に出て水をやらなかったせいなのか。一見何でもないようなこの問題には、原因と結果をめぐるとても重大な議論が潜んでいると、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は指摘する。「◯◯しなかったこと」を出来事の原因にすると、実は論理上、原因はほぼ無限大に拡散してしまうのだ。(全8話中第6話)
時間:08:39
収録日:2016/12/15
追加日:2017/03/18
≪全文≫

●形而上学は「見えないもの」を探求する


 ここまで見てきたような諸問題性から言っても、原因と結果の迷宮性は明らかだと思います。そして、かつてヒュームによって指摘された「因果関係それ自体は観察されない」という性質にもう一度立ち返ってみれば、もっと迷宮の深みに落ち込んでいくのではないかと思います。

 それはどういうことか。これは今日の哲学における因果論の中でも、ホットな話題の一つです。もともと因果関係は、見えないものに対しては語られます。これまで言ってきたように、「テーブルをたたく」「音がする」、でも「テーブルをたたくことによって音がする」ということの、「ことによって」という因果関係は見えません。そうした「見えないもの」を扱うのが、因果関係の考察でした。

 少し話がそれますが、そういう「見えないものについて語る」分野は形而上学といわれます。形而上学とは、死後の問題や神の存在などについて語る領域のことです。実は因果性の問題も、哲学の世界では形而上学の問題として語られます。なぜかというと、見えないものだからです。見えないにもかかわらず、私たちの世界でそれを使ってしまっているものです。非常に不可思議なものです。

 哲学とは、ソクラテスが「無知の知」と言ったように、私たちが通常、自明だと思っていること、「当たり前だろう」と思っていることが、実は深く考え始めると、不可思議なことに満ち満ちていることに気付いてもらう試みのことです。ある意味では、それが哲学の真骨頂です。だから「たたくと音が出る」という当たり前のことの中にも、実はよく考え始めると、分かっていないことがいっぱいあります。このことを知ってほしいのです。そのことで、「絶対にこれが正しい」とか「自明である」ということが、いかにうつろなものであるかを理解してもらう。これが哲学の一つの目的です。


●「花が枯れた」のは「フローラの不作為」が原因か


 だとすると、「ないもの」に対して語られる場合、「ないもの」それ自体、もともと見えないものが因果関係だとすれば、その「ないもの」それ自体に対しても因果関係は語り得るのではないか。こういう発想が、当然出てくると思います。

 ここで出てくるのが、「不在因果の問題」です。omission involving causationともいいます。「不作為が関わっている因果」ということです。有名な例を出しましょう。フローラという名前の人を出します。イギリスの女性の哲学者でヘレン・ビービーさんという人が、フローラという名前が出てくる例を出しているので、それを使います。次のようなお話を想定してください。

 フローラは親切にも、隣の家の花に毎日水をやっていました。あるとき、フローラは旅に出かけて不在となり、誰も隣の家の花に水をやらなくなってしまいました。すると花は枯れてしまいました。さて、花が枯れた原因は何だろうか。こういう問題です。なぞなぞのようなものですが、実は結構難しいのです。

 「フローラが水をやらなかった」、それが原因か。でもフローラは、親切に水をやっていたわけですから、「フローラが原因で、フローラに責任がある」と言ってしまうのは、やはり「あれ?」という感じがします。なぜなら、フローラがいなければ、隣の人が水をあげればよかったわけですから。何も隣の人にも限りません。誰かが水をあげればよかったわけです。だから、「フローラが出掛けて水をあげなかったこと」が、「花が枯れた原因である」と断定できるのかなと、私たちは思います。
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