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司馬遷の「天道是か非か」と「歴史とは何か」

『歴史とは何か』を語る(10)天道、是か非か

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
ヨブに襲い掛かるサタン (ウィリアム・ブレイク)
古今東西の歴史には、悪ながら栄えた人物も、善にして非業の人物も、無数にいる。『史記』『旧約聖書』『太平記』にそうした例を見つつ、司馬遷が発した永遠の問い「天道、是か非か」をめぐって、歴史の不条理と、司馬遷の歴史観の根拠を考える。歴史学者・山内昌之氏による『歴史とは何か』を語るシリーズ・第10回。
時間:13:11
収録日:2014/12/03
追加日:2015/08/10
タグ:
≪全文≫

●歴史と正義との関わりについての悩み


 皆さん、こんにちは。

 今日は、司馬遷の発した有名な言葉「天道、是か非か」についてお話しします。

 「天道、是か非か」という言葉を聞くにつけて、私たちは、このシリーズのテーマである「歴史とは何か」という問いをどうしても考えざるを得ません。「天道は、正しいのか、正しくないのか」という悲痛な叫びは、まことに歴史と人間との関わり、そして、歴史とは何か、正義とは何か、ひいては歴史と正義との関わり方について、私たちを本当に悩ませます。また考える材料を提供してくれます。

 江戸時代の徳川光圀の時から有名であった『史記』の列伝の最初に、伯夷・叔斉の列伝(「伯夷列伝」)があります。そこには、司馬遷自らの“宮”という重い刑を受けた悲劇的な生きざまが反映されていると考えます。つまり、身体的な毀損を受けた屈辱的な体験があって、彼はまさに「天道、是か非か」という痛切な言葉を吐くことになったわけです。

 司馬遷はいろいろなケースを出して、秩序を守らず悪行を重ね、生涯を享楽や逸楽のままに過ごし、富貴にも恵まれた人々を、他方において、自分に厳しく行動に慎重であり、誰からも後ろ指を指されない、さらに言葉も口数も少なく、人から隠れてずる賢く脇道や近道を通って物事を達成しようとはしない人と比較しています。

 そして、司馬遷はこのように言います。

 「大義名分にかかわることでなければ憤りを発しない人間で、しかもなお禍いにあう者の数は枚挙にいとまがないほどである」(小竹文夫他訳『史記5 列伝一』)

 すなわち、数えるごとができないほど多いと言っているのです。

 こうした不幸をもって、司馬遷はまた有名な言葉を発します。「余、甚だ惑う(余甚惑焉)」、すなわち、自分はすこぶる絶望感に襲われるほど悩み、迷いに誘われると言って、歴史の不条理を語ろうとしているのです。

 歴史とは、なかなか一本道にはいきません。時にはさまざまな不正がある。正しい道だけではなく、脇道やそれた道から歴史を歩もうとする不正のやからもいるのです。

 私も含めてですが、およそ若い頃、少年少女の頃に、世の中にいったいなぜ不正義、不公正、不公平があるのか、自分はなぜ貧しい家に生まれ家庭環境で苦労しているのに、なぜあの遠くに見える人は豊かな家に生まれ明るい家族に恵まれて幸せなのか、と疑問に思った人は多かったと思います。

 私は、『旧約聖書』のヨブ記を読んだときに、多少の感想を持ちました。ヨブは、誰に対しても自らを律して正しい行いをした人ですが、一種の皮膚病に罹患し、全身不治の病にかかって悩みます。正しいことをしたヨブが、なぜこのような苦しみや身体の不自由を甘受しなければならないのか、心から憤りを発する、あるいは、疑問を感じた人たちもいるかと思います。


●『史記』、『旧約聖書』、さらに『太平記』へ。共通する嘆きや憤り


 日本のケースに少し触れてみましょう。

 『太平記』という本があります。これは、鎌倉時代の末期、建武の中興から南北朝時代に至る日本の動乱期において、特に南朝方に対して同情的とも言える立場だけではなく、北朝方についても逸話を交えて書いた書物です。

 この書物の中に、大変印象的な光景があります。それは、延文5年(1360年)の5月頃、後村上天皇を頂く南朝方の敗色が濃厚になったときのことです。君臣一同が金剛山の奥で息を潜めていたときに、ある廷臣が、将来を絶望して出家しようと思い詰めるシーンです。これは先の天皇であった後醍醐の御廟で、泣く泣く徹夜でいとま乞いをする人物の心境を描いているのです。

 太平記の専門家でもある松尾剛次氏によれば、このようなシーンになります。

 「いったい今の世の中はどうなっているのか」と、この廷臣は疑問を呈します。威力があっても道義のない者は必ず滅ぶと言い置かれた先賢の言葉にも背いている。また百代までは王位を守ろうと誓われた神約(神による約束)も実現されない。そして、臣下が君(天皇)に反逆しても天罰を受けることもない。子どもが父を殺しても、神の怒ったためしがない。

 この悲歎(歎きや憤り)は、紀元前2世紀に生きた司馬遷の考えともどこか通じるところがあります。否、それどころか彼らの悲歎は、司馬遷をはじめ、中国の先人や賢人たちの金言、物事の本質を突き刺すような言葉に触発されていたのかもしれません。

 司馬遷の言う天道、天の指し示す道とは、超越的な存在の意志、すなわち、神の意志と考えておくとすれば、歴史とは、天道の発露(天の道が指し示しているところ)である以上、義人、すなわち、正しい行いをする人であっても、不条理な判断や不自然な結果を甘んじて受けなくてはならないのかという疑問にも駆られます。

 さ...
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