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「post-truth」はトランプ現象で2016年最も注目された言葉

Post-Truth Politics―トランプの政治とメディアの敗北

曽根泰教
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
政治学者で慶應義塾大学大学院教授の曽根泰教氏が、“Post-Truth Politics”に注目。裏付けのない言説(post-truth)がネットを通じて独り歩きしてしまう現代は、メディアそして民主主義の敗北の様相を呈している。アメリカ大統領選、イギリスのEU離脱に関する国民投票を教訓に、今後 “post-truth”社会にどう向かうべきかを論じる。
時間:13:20
収録日:2016/12/15
追加日:2017/01/11
≪全文≫

●“Post-Truth Politics”とトランプのポピュリズム


 今回は、“Post-Truth Politics”というお話をします。“post-truth”とは何か。これまた訳語が難しいのですが、とりあえず私は「事実無視の政治」と訳します。そして、この“post-truth”は、2016年のOxford Dictionariesが「今年度、最も注目された言葉」と発表した言葉です。日本でいう「流行語大賞」のようなものですが、流行語大賞よりもはるかに世界の変動を言い表している言葉だと思います。

 この“post-truth”の“truth”ですが、ここに「真理」あるいは「真理後の世界」という言葉を使っていいのかどうか、ということには若干、疑問があります。これをいきなり「嘘っぱち」「でたらめ」と訳してもいいのですが、例えばドナルド・トランプ氏の場合、意図して嘘をついたかどうかは定かではありません。ただ、事実を裏取りをせずにそのまま言い放してしまう、出任せ、思いつきを言ってしまうということでいえば、確かにその通りです。

 これまでの大統領候補は、政策においてもう少し根拠を示してきましたし、また、事実の確認は丁寧に行っていました。それをトランプ氏の場合には、思いついたままにしゃべったり、発表したりしてしまう、あるいは意図的に誇張してしまう。そうすることによって、逆に人の関心を呼び、支持を高める。こういうことがあったわけです。

 ですから、“post-truth”とポピュリズムは、密接に結び付くのです。ポピュリズムを「大衆迎合」と訳すメディアがありますが、迎合するかどうかは別のことです。つまり、「大衆に迎合していないような発言はポピュリズムではない」といわれますが、そうではなく、大衆を煽る、大衆を扇動する、これがポピュリズムでしょう。


●格差よりも移民問題の不満の方が大きいという事実


 そうしてみると、今後起こるであろう、あるいは現に起こっているという問題や、グローバリズムの問題を考えるとき、 “post-truth”とは何なのか、あるいは格差という問題があります。つまり、グローバリズムで格差という問題が大統領選挙の時に効果的だったのか、ということです。実は、「格差」と「移民」を比べると、「移民」の方に反応する人が多かったという事実があるのです。

 多くの論者はこう分析しています。グローバル化によって貧富の格差が広がって、そこに対立が起こった。だから、相対的に貧困層、あるいは白人で学歴が低い層は、そのことを不満に思ってトランプ氏に票を入れたのだ。すなわち、格差がいろいろなことの原因だという分析です。しかし、実は世論調査上は、移民の問題に反応している人が多かったのです。これはEU離脱の時のイギリス国民の反応もそうでした。そうしてみると、非寛容の世界、あるいは排外主義に進むということで、このあたりのことは今後、気を付けなければいけない論点です。したがって、“post-truth”とは今後のいろいろな内容を含んだ概念であるということです。


●「真」よりも面白さで期待に応えたトランプ氏


 では、その“truth”とは何か。このテンミニッツTVで、「真」か「偽」か、“truth”か“false”か、あるいは役に立つか立たないか、または面白いか面白くないか、という観点で「知識」というものがありますよ、とずっと言ってきました。そういう意味でいうと、トランプ氏の主張は、まさしく「面白がった」、あるいは「面白かった」のです。それは、話題性があり、エンターテイメントとしては非常に楽しめたからです。国民やメディアからしてみれば、次にトランプ氏が何を言い出すか分からないという期待感があるわけです。中身はめちゃくちゃですが、その期待感に彼は応えたということです。ある意味で、現在のメディアを巧みに利用したと思います。

 例えば、「メキシコとの国境に万里の長城のような壁を造る。その費用はメキシコ政府に持たせる。これは不法移民に対する防御策なのだ」という発言です。本当にできるかどうかなどは、検討されていません。あるいは、「オバマ大統領はアメリカ生まれではない」と何度も言い続けました。事実としてそのことが確認されていても、それを何度も繰り返しました。


●大枠の方向性を示す公約でも最低限の根拠が必要


 こういうことを考えると今回の場合、“truth”よりも“fact”という言葉を使った方が良いと私は思います。日本語でいうと、事実の裏付けのない、あるいは事実を無視した主張、これが“post-truth”ということだろうと思います。そうすると、われわれのようにマニフェストをずっと推進してきた立場からいうと、選挙のときに何を言ってもいいのかという点に行き着くのです。つまり、公約はどこまで裏付けを持っているべきか、ということです。

 ここは論争がある点だと思います。フィージビリティ(実行可能性)チェックをして、予算の裏付け、...
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