●モンロー主義から続くアメリカの一国主義
アメリカの孤立主義というお話をいたします。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)についてはもともとアメリカが音頭をとって進めていたのに、今回ドナルド・トランプ氏が大統領になって、「TPPに参加しない」と言っているわけです。これをアメリカの孤立主義として、過去の例を思い出した人も多いと思います。その例とは、ウッドロウ・ウィルソン大統領が唱えた国際連盟にアメリカが参加しなかったことです。それは上院が賛成しなかったからということなのですが、アメリカはもともと孤立主義、あるいはモンロー主義ともいわれますが、その傾向が強いのではないか、そして今でもその傾向があるのではないかという疑問があるのです。そのあたりをもう少し解き明かしてみようというのが、今日のお話です。
モンロー主義は、対ヨーロッパとの関係で南北アメリカ大陸の権益を確保しようとしたということで、その当時、アメリカ合衆国の一国主義、あるいはアメリカ合衆国の単独行動主義と思われていたのです。このようにモンロー主義は、本をただせば対ヨーロッパとの関係だったわけです。しかし、日本、あるいは世界の人たちの記憶にあるのは、第二次世界大戦の時のことです。ヨーロッパ戦線がかなり火を吹き、ドイツがイギリスや他のヨーロッパに進出している時期に、特にウィンストン・チャーチル首相はアメリカの参戦を希望するわけですが、これに対してアメリカはなかなか決断しませんでした。そういう意味では、アメリカの参戦は真珠湾攻撃まで待たなければならなかったという歴史があります。
●トランプ流孤立主義を2つの角度から考える
そうしてみると、アメリカが今後、孤立主義にいくのではないかという疑問があるわけですが、ここでトランプ氏の言っていることを大きく2つの角度から見てみようと思います。
一つは、アメリカは世界の警察官から手を引いて国内的な、またはもっと狭い範囲の安全保障を考えるのかという、安全保障上の観点です。もう一つは、国際貿易という観点です。つまり、トランプ氏はTPPのような国際的な貿易枠組みに対して、保護主義的な立場を取っています。“Make America Great Again”(アメリカの力をもう一度取り戻す)という言い方をしているのですが、それは何なのかということを少し解明したいと思います。
トランプ氏が盛んに言っているディール(交渉)はビジネス用語なのですが、それと秩序形成、あるいは秩序との関係はどういうものかを考えてみたいのです。つまり、アメリカが過去において世界中の安全保障にコミットしてきたことが、財政的な理由、あるいは過去の失敗などを理由に、世界の警察官としてコミットできなくなった(継続できなくなった)ことは事実なのですが、そのことを少し違う角度から説明したいと思います。
「違う角度」とは、経済学者がよく使う「比較優位」の原則と、「国際公共財」の費用負担という点で、この二点から説明いたします。
●「比較優位」の原則を覆したトランプの保護主義政策
比較優位とは、一般の人に理解してもらうのはなかなか難しい概念です。モンテカルロ法を開発したスタニスワフ・マルチン・ウラムという物理学者がいるのですが、ポール・サミュエルソンがノーベル経済学賞を受賞した時に、「社会科学全体で真であり、かつ自明ではない命題は存在するのか?」と聞いたのです。つまり、ほとんどの社会科学の法則、理論とは真ではあるが、自明のものではないか、ということです。「真であり、かつ自明ではない命題」はあるのかというと、物理学にはたくさんあるわけですが、この質問に対してサミュエルソンは即答できませんでした。それを後に回顧して、何年もたってから「あ、そうか」と気付いて、比較優位の原則、あるいは(イギリスの経済学者デヴィッド・リカードの)比較生産費を持ち出し、一般の人に「自明ではないが、それは真理である」と述べたのです。
これはどういうことかというと、トランプ氏が言っているように「国際貿易をするとダメージを受ける人がいる。だから止めてしまえ」、あるいは「保護主義、一国主義になろう」ということは、つまり「貿易をすれば、アメリカも、製造業においてもっと生産力のある国(生産性が高い国)、いずれの国にも利益をもたらす」ということです。よく例として出てくるのが、リカードの頃ですとイギリスの毛織物とポルトガルのポルトワインの貿易だったのですが、先進国が工業製品をつくると「それぞれが得をする」という説明で、サミュエルソンでもすぐに思い出せなかったように、このことを説明するのは非常に難しい。すなわち、ダメージを受けているのに、どうして自由貿易がいいのか、どうしてTPPがいいのか、ということを、一般の人はなかなか理解できないの...