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イスラエルは中東ゲームのワイルドカードを握っている

イランは中東の新しい地政学をリードできるのか?

山内昌之
東京大学名誉教授
情報・テキスト
歴史学者・山内昌之氏がイランとともにその動向を注視しているのがイスラエルだ。しかし、いずれにしても、政府の統治レベルも低く市民の主体性も欠如している中東で、安定と秩序を構築するのは容易ではない。山内氏が、その中東に平和と秩序をもたらす切り札と考えるものがある。民族の知恵ともいえるその切り札を、果たしてイランは生かすことができるのか?
時間:10:49
収録日:2015/04/07
追加日:2015/04/22
カテゴリー:
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≪全文≫

●中東ゲームのワイルドカードを握るイスラエル

 
 皆さん、こんにちは。

 さて、中東で繰り広げられているゲーム、これは本質的に言えばゼロサムゲームに近いものがありますが、今やこの中東ゲームのワイルドカードを握っているのは、イスラエルであるかのように思えます。

 つまり、スンナ派のアラブ対シーア派のイランといった構図、そして、それぞれが支援する国や組織が代理戦争や代理的に内戦を敢行しているという時期において、そのゲームの行く末を握るカードです。そういう意味で言えば、単純なカードではなくて一種のワイルドカードとも言うべきものを、イスラエルは握っているのです。とりわけ、イランに対する新しい役割を、これからイスラエルがどのように果たしていくのかが興味深い点です。

 実際に、イスラム国によるヨルダン空軍の操縦士・カスィーバ中尉の殺害や、あるいは、後藤健二さんをはじめとする日本人二人の人質の処刑問題など、ヨルダンをめぐる最近の情勢は、中東の秩序を大きく変えかねない、そして、変えつつある大変厄介な未来の前兆であると言ってもよいかもしれません。


●イランに常にシグナルを送ってきたイスラエル


 イスラエルは、これまでもガザのハマスや南レバノンのヒズボラとの戦いによって、アラブの国々、ひいては彼らを介して、シーア派のイランに対して、イスラエルの意志力や強さ、抑止力についてシグナルを送ってきました。しかし、イスラエルのこうしたもくろみは、必ずしも成功してきたわけではありません。むしろ、それはあまり効果がなく、シリア、イラクに加えてイエメンにまで紛争がイランの主導で広がるといった、中東の悲劇と不安定を増大することになった一因を、イスラエルもまたつくったと言えるかもしれません。しかし、当面はともかく、イランの脅威や安全保障上の直接の威嚇がイスラエルには及んでないということがあります。


●中東安定のシナリオの決め手は時間と軍事力


 こうしてみますと、中東における安定とは、ある意味で非常に相対的な性格のものでしかないように思われます。つまり、考えられる中で最良のシナリオは何か、ベストの解決の構図は何かといったことを、常に考えていかなければならない地域だと言ってもよろしいでしょう。

 ある意味で、客観的に申し上げることができるのは、時間の経過ということです。時間が問題を解決するということ。時間が経過しないと、興奮しきった人々の心やヒートアップした事態は、なかなか沈静化しません。

 しかし、この時間の経過だけに委ねていては、どれほどの犠牲者が出るか計り知れないことになります。そうすると、やはりどこかで力が介在しなければいけないということになります。それは外交力だけではなく、時には抑止力や阻止力という点での軍事力の介入も、やはり否定できないのです。その意味において、安定性や一貫性を失ったとはいえ、やはりオバマ政権の下でアメリカの中東への介入によって力のバランスを図り、均衡状態を達成するということは、現実的には大変重要な、そして必要欠くべからざるシナリオということになります。


●主体性欠如のアラブ市民と腐敗したエリート層にも原因


 しかしながら、サウジアラビア、イランでさえ、生活水準が不十分な状態なのですから、ましてや、もっと生活水準も貧しく、教育や雇用機会も必ずしも満足できない他のアラブの国々においては、秩序が不安定化し、そして、その政府の支配や統治のあり方があまりにも貧困であるという現実があります。こうした点が人々をうんざりさせてきたことを見なければなりません。ですから、時間がただ自然に経過するとか、あるいは、アメリカが本格的に中東に関与して、かりそめにノーベル平和賞に値するような行為にオバマ政権がもう一度戻ったとしても、いろいろな点において、中東における事態の解決はなかなか難しいのです。

 私は、この点を考える上で、中東、特に、アラブの市民たちの主体性ということも問題にしなければならないと思っています。地政学の問題だけではありません。イスラエルやシーア派という意味においてはよそ者のイランといった存在が、中東、アラブの状況を複雑化させてくという点だけにとらわれる必要はありません。むしろ、アラブの市民が、あまりにもこれまで自分のことしかかえりみることができなかったり、独裁的な公権力や個人独裁の抑圧の下で、彼らが公民という存在になかなか成長しきれなかったということもあります。しかも、支配者や独裁者たちは、腐敗、不正を日常の現象としていました。こうしたエリート層の伝統的なあり方も、これまでがそうであったように、このアラブ中東の世界の先行きを暗くする材料になってきたのです。


●イラン枠組み合意への期待とシーア派法学者への危惧

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