●忖度は日本の官僚特有のものではない
今回は、忖度とは何かという話をします。この忖度というものは、外国語に翻訳することが難しい、日本に特有なものである、あるいは官僚の世界でのみ起きる現象である、そのように理解されることがあります。しかしながら、そのような理解は間違っています。
政治学を習った人であれば、権力あるいは影響力の概念について、昔から研究が行われていることはよく理解しているでしょう。そして政治学においては、忖度に相当するものが、“anticipated reaction”つまり予測反応という概念でよく知られています。ですから今回のお話は、忖度の政治学と言ってもいいでしょう。
ただ実は、政治学の世界でいえば権力や影響力、経済学でいえば効用というものは、測定することが難しい。なぜならば、相手の心の中を調べて測定することが難しいからです。例えば経済学において、異なる個人間の効用比較を行うことは、簡単な話ではありません。あるいは、コーヒーを飲むことで私が得られる効用が、あなたが紅茶を飲むことで得られる効用と比べて、何倍であるのか、それをどうやって測定するのか。これは難しい話です。
●二種類の影響力から忖度を考える
そこで政治学においては、影響力の概念を二つに区別しています。
一つ目が、明示的な影響力です。今、AがXという結果を欲しているとします。そして、BにXを行わせるようにAが意図して行為し、このAの明示的な行為の結果としてBがXを行ったとします。このとき、AはBに明示的な影響力を及ぼしていると言います。何かをすることによって、その結果、誰かがXをするという、こういう話です。
しかしながら二つ目に、黙示的影響力というものがあります。先ほどと同様に、Aが結果 Xを欲しているとします。ここで今度は、Bに結果Xを行わせるようにAが意図して行為したわけではないが、しかし、AがXに対する欲求を持っていることが、BがXを行おうとする原因となったとします。このとき、AはBに黙示的影響力を行使したと言います。これは、まさしく忖度そのものです。
●黙示的影響力の把握の難しさ
この黙示的影響力というものは難しい概念ですが、その理由は、観察可能な現象が起きていないからです。ですから、安倍晋三首相が繰り返し「私は何もやっていません」と言うのは、確かにその通りなのです。非現象だからです。非...