忖度とは何か~政治学の視点から考える~
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
政治学において「忖度」とはどういうものか?
忖度とは何か~政治学の視点から考える~
曽根泰教(慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツ・アカデミー副座長)
「忖度」は、日本の官僚に特有のものではなく、予測反応や黙示的影響力といった政治学の概念によって理解可能な現象である。政治学者で慶應義塾大学名誉教授の曽根泰教氏は、そのように説明する。人間には予測をする能力が備わっているが、それがある限り、人間は日常生活の中においても一種の忖度を行っていると言えるのだ。
時間:9分34秒
収録日:2018年3月14日
追加日:2018年4月14日
カテゴリー:
≪全文≫

●忖度は日本の官僚特有のものではない


 今回は、忖度とは何かという話をします。この忖度というものは、外国語に翻訳することが難しい、日本に特有なものである、あるいは官僚の世界でのみ起きる現象である、そのように理解されることがあります。しかしながら、そのような理解は間違っています。

 政治学を習った人であれば、権力あるいは影響力の概念について、昔から研究が行われていることはよく理解しているでしょう。そして政治学においては、忖度に相当するものが、“anticipated reaction”つまり予測反応という概念でよく知られています。ですから今回のお話は、忖度の政治学と言ってもいいでしょう。

 ただ実は、政治学の世界でいえば権力や影響力、経済学でいえば効用というものは、測定することが難しい。なぜならば、相手の心の中を調べて測定することが難しいからです。例えば経済学において、異なる個人間の効用比較を行うことは、簡単な話ではありません。あるいは、コーヒーを飲むことで私が得られる効用が、あなたが紅茶を飲むことで得られる効用と比べて、何倍であるのか、それをどうやって測定するのか。これは難しい話です。


●二種類の影響力から忖度を考える


 そこで政治学においては、影響力の概念を二つに区別しています。

 一つ目が、明示的な影響力です。今、AがXという結果を欲しているとします。そして、BにXを行わせるようにAが意図して行為し、このAの明示的な行為の結果としてBがXを行ったとします。このとき、AはBに明示的な影響力を及ぼしていると言います。何かをすることによって、その結果、誰かがXをするという、こういう話です。

 しかしながら二つ目に、黙示的影響力というものがあります。先ほどと同様に、Aが結果 Xを欲しているとします。ここで今度は、Bに結果Xを行わせるようにAが意図して行為したわけではないが、しかし、AがXに対する欲求を持っていることが、BがXを行おうとする原因となったとします。このとき、AはBに黙示的影響力を行使したと言います。これは、まさしく忖度そのものです。


●黙示的影響力の把握の難しさ


 この黙示的影響力というものは難しい概念ですが、その理由は、観察可能な現象が起きていないからです。ですから、安倍晋三首相が繰り返し「私は何もやっていません」と言うのは、確かにその通りなのです。非現象だからです。非...

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「政治と経済」でまず見るべき講義シリーズ
日本人が知らないアメリカ政治のしくみ(1)アメリカの大統領権限
権限の少ないアメリカ大統領は政治をどう動かしているのか
曽根泰教
「中華民族の偉大な復興」と中国外交(1)外交姿勢・前編
四字熟語で見る中国外交の変化
小原雅博
中国共産党と人権問題(1)中国共産党の思惑と歴史的背景
深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質
橋爪大三郎
戦争と暗殺~米国内戦の予兆と構造転換(1)内戦と組織動乱の構造
カーク暗殺事件、戦争省、ユダヤ問題…米国内戦構造が逆転
東秀敏
財政問題の本質を考える(1)「国の借金」の歴史と内訳
いつから日本は慢性的な借金依存の財政体質になったのか
岡本薫明
中国の「なぜ」(1)なぜ「中国は一つの国なのか」
武力で負けても文化で勝つ? 恐るべし「中原」の同化力
石川好

人気の講義ランキングTOP10
戦争とディール~米露外交とロシア・ウクライナ戦争の行方
「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?
東秀敏
平和の追求~哲学者たちの構想(5)カント『永遠平和のために』
カント『永遠平和のために』…国連やEUの起源とされる理由
川出良枝
豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(1)史実としての豊臣兄弟と秀長の役割
豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割
黒田基樹
逆境に対峙する哲学(1)日常性が「破れ」て思考が始まる
逆境に対峙する哲学カフェ…西洋哲学×東洋哲学で問う矛盾
津崎良典
生成AI「Round 2」への向き合い方(1)生成AI導入の現在地
生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状
渡辺宣彦
熟睡できる環境・習慣とは(4)起きているときを充実させるために
夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは
西野精治
渡部昇一の「わが体験的キリスト教論」(1)古き良きキリスト教社会
古き良きヨーロッパのキリスト教社会が克明にわかる名著
渡部玄一
健診結果から考える健康管理・新5カ条(1)血管をより長く守ることが重要な時代
健康診断の結果が悪い人が絶対にやってはいけないこと
野口緑
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み
なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み
今井むつみ
インテリジェンス・ヒストリー入門(1)情報収集と行動
日本の外交には「インテリジェンス」が足りない
中西輝政