芥川龍之介、ニュートン、ダミアン神父……一見すると悲劇的で不遇に見える歴史上の偉人や文学者たちも、実は自分のためではなく愛する対象や国家、神のために人生を捧げ、心豊かな最期を迎えていた。自分以外のものに対する祈りを抱き、生涯を捧げて戦い、愛し続けることこそが、人間に本当の幸福感をもたらす。戦後の自己中心的な価値観を見直し、他者のために生きる真の教養や精神的な豊かさを再発見するための思考を提示する。(全10話中第4話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●偉人は自分以外の人の幸福を祈り続けている一生だった
執行 でも、これは今、観ている人にも絶対理解してもらいたい。とにかく今回のこのテンミニッツ・アカデミー(の講義)を観た人に、最初にこの第一項目「幸福とは他者に対する概念である」ということで一番受け入れてほしいのは、他者に対する概念どころか、他者の幸福を祈れることそのものが、実はものすごく本人の幸福なのだということです。
―― ここはものすごい大事なポイントですね。
執行 大事。だって祈る相手がいるということだから。
―― そうですね。祈る相手がいるかどうかというのは、ものすごく大きいですね。
執行 そうなのです。これをまず見つけ出すのも今の人は難しいかもしれないけれど。自分が好きで、自分が大事で、自分の幸福を願っている人は、この「幸福を祈る、愛する相手を見つける」ということもまずできないと思う。
―― そうでしょうね。
執行 結婚はできてもね。だって自分が幸福になりたい結婚なんだから。
―― そうですね。
執行 そうすると、多分不満になる。だから離婚になってしまうのです。少なくとも、知らず知らずのうちに相手を愛する人は、いい家庭を築いていると思う。
―― でも、どうして半分ぐらい離婚するのか。
執行 半分以上かな。
―― (もうすぐ)半分以上でしょう。潜在離婚まで含めたら、もっと圧倒的(な数になる)でしょうね。
執行 私が知っている範囲では、本当に幸福を感じている夫婦は、1割もいないでしょうね。離婚してない夫婦も、経済的理由か、なんとなくしょうがないかなという感じでしょう。
―― でも、先生が言われるように、自分が幸福になりたいと思ったら、それはもう必ず不平不満になりますね。
執行 これは絶対なる。だって宗教的にも哲学的にもずっとそうなのだから。私がこういうことに気づいたのは20代だけれど、それからあらゆる人を見ていても全員そうだから。
昔は教養があるとかないとかという話が結構出るけれど、昔の本を読んでいると、「あの人は学問がある」とか「あの人は教養がある」とか、いろいろなことを人は言うわけです。では何について「あの人は学がある」とか「あの人は教養がある」とか言っているのだろうということで、文学や何かをずっと読んでいると、一番多いのはこの幸福感なのです。それで、教養のない人の代表という...