現代社会では個人の経済的成功や「自分自身の幸福」を追求することが当然とされているが、これは西洋でもキリスト教が失われていき、ヒューマニズムだけが残った近代以降の考え方であると指摘する執行氏。他者の幸福を祈り、自己犠牲を美徳とした武士道や騎士道精神が衰退し、物質主義的なヒューマニズムだけが残った結果、自己中心的な欲求が正当化されるようになった。キリスト教的な価値観においても、他者の幸福を願うことこそが本質であり、自分自身の幸福のみを願うのは悪魔、すなわち「サタン」の囁きに他ならなかった。(全10話中第2話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●自己犠牲の美徳が失われゆく中で書かれた『ドン・キホーテ』
―― そういう意味では、戦後の日本社会は、アメリカのリッチ・アンド・フェイマスの思想が入ってきて、ひたすらいい目に遭わなきゃいけない、金持ちにならなければいけないと。
執行 個人がね。
―― そうです、個人が。また、無限大に経済成長しなければいけないと。これのドグマに入ってしまったわけですね。
執行 だから、「金持ちになってもらいたい」「成功してもらいたい」「出世してもらいたい」「健康になってもらいたい」は、日本だったら、戦争前まで基本(的に)は家族の誰かに願う、友達に願う、尊敬する人に思う概念だったはずなのです。
―― そうでしょうね。
執行 自分に思えばエゴイズムだということは、誰もが感じていたのです。
―― わかっていたのですね、戦前までは。
執行 絶対にわかっていたと思う。私が小さい頃までの記憶だと、その頃の年寄りはみんなわかっていた。だから、自分がよくなりたいとか、自分が幸福になりたいと思った場合、思った人はもちろんいるけれど、そう思うと「いかんいかんいかん。俺は恥ずかしいことを考えた」というようなことを言う人はいました。
でも、今言ったように、教育で自分が幸福になることを全く悪いことだという話は、今ないじゃない。
―― 今日はむしろそれを促進しているわけですね。
執行 そうです。これは経済成長のためだと。経済成長というのは、1人1人がわがままになることによって達成できる構造です。それによって、人間の大切な幸福を、私はもう失っているということを言いたいのです。
―― でも、先生の言われているのは、アメリカ社会がまさにそれを体現しているということですね。
執行 基本は民主主義から出てきたということです。
―― そうですね。
執行 民主主義が間違って(しまった)。民主主義はもちろんそういう他者の幸福を祈る概念なのだけれど、それが自分になってしまったということです。
―― そうですね。他者の幸福を祈るのか、自分が幸せになりたいと祈るのか、天と地(の差)ですね。
執行 そうです。これはアメリカと日本が一番ひどい。これが出だしたのは、歴史的に見ると、文学ではセルバンテスの『ドン・キホーテ』が始まりだと思う。
―― なるほど。
執行 『ドン・キホーテ』が生まれたのは、ルネッサンス...