「親孝行をしたり、家族を大切にするのは、自分が幸福になれるから」――これは順序が違っていると指摘する執行氏。現代社会では、自分が幸福になるために他者を大切にするという順逆の思考が蔓延し、教育やメディアによって人間関係の損得勘定や「自分が一番」という価値観が定着してしまったという。本来、真の幸福とは他者の幸せを祈り、人生を捧げることの中に見いだされるものである。多くの人が肯定的に捉えがちな自己愛という言葉は表現上のごまかしであり、その本質はただのエゴイズムにすぎない。(全10話中第5話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
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●「順序が逆」の発想をして恬として恥じない現代人
執行 でも、何度しゃべっても今の人はどこか教育によって得心がいかなくなってしまっていると思うのだけれど、自分が幸福になりたいというのはサタンであり、エゴイズムなのだということを、どうだろうか、理解できるのかな。
―― 自分が幸せになりたいということがエゴイズムであるというかたちのことというのは、その真逆が今、起きていますでしょう。
執行 そうなのです。
―― 受験勉強から始めて、とりあえず他人よりちょっとでもいい目に遭いたいと。そこから始まっているわけですよね。
執行 そうなのです。結婚生活すら自分が幸福になりたいから家庭を作りたいとか、自分が幸福になりたいからあの人を好きだとか、こう言うのというのは、本当の幸福を祈る愛ではないのです。
―― そうでしょうね。幸せに見られたいから。
執行 結局、家族を大切にするのが、自分が幸福になれるからという人は多いのです。
確かにそうなのだけれど、これは順逆だと思うのですよね。
―― 順序が違いますよね。
執行 順序が違っている。それから、そういうことを口にできるというのがおかしいと思う。家族を幸福にするためには、自分の人生というのはやっぱり捧げなきゃいけないと思うのです。もし幸福感があるなら、それは自分が何かで感じるというだけで(いい)。
でも、家族を大切にする、子どもを大切にすれば、自分が幸福になれるからという答え方をするじゃない(ですか)。
―― わかります。
執行 それで恬として恥じないじゃないですか。この恥じないところに何か、私は教育の根源というか、間違いというのかな、(そこに問題があると思う)。
―― でも、戦後80年というのは大きいですね。
執行 でかいね。もう染み込んでいるからね。だって、こういう幸福というものは人間の中心概念なのだけれど、私もしつこく言っているけれど、この「幸福とは他者に対する概念である」という、こんな簡単なことだって、あらゆる角度からこれだけ言っても、多分わかる人は少ないと思う。
―― そういう意味で戦前戦後のところで相当その部分は壊されましたね。
執行 はい。私が親を好きだったのは小さい頃ですが、親を好きで親孝行なほうが、自分がよくなれるからというわけじゃないですよね。子どもの頃は、多くの人がそうでしょう?
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