幸福とは家族や友人、学校、会社、そして国といった自分以外の対象の幸福を祈ることで得られるものだと説く執行氏。その一つとして「愛社精神」を挙げて、三井物産で生涯働き詰めだった父親のエピソードを語る。現代の基準では損な生き方に見えるかもしれないが、一生涯仕事に強い誇りを持ち続けた父親は、間違いなく幸福な人生を送ったと述懐している。(全10話中第6話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●自分が幸福になりたい人は「幸福だと思い込みたい」だけ
―― この「幸福とは他者に対する概念」であるというのは…。
執行 こうやって簡単な言葉で覚えておかないと(いけない)。今、私はいろいろなことをしゃべったけれど、「ああだから」「こうだから」とかいろいろなことをあまりにも聞きすぎるとわからなくなってしまうのです。幸福というのは他人に対する概念なんだということを覚えておけば、(テンミニッツ・アカデミーを)観ている人は絶対に自分で「あれっ?」と思うことはあると思います。人から言われるのではなくて。
―― 確かに覚えておけばそうですよね。
執行 覚えればね。だから、そういう意味でも、総論の一番重要なのはこの概念、「幸福とは他者に対する概念」。他者とは、家族も含めて自分以外は全員他者なので、学校も入るし、会社も入る。もちろん国も入る。生き物だけではない。家族も入り、他人も入り、友達も入る。自分以外のものに対して幸福を祈る。自分以外のものが国も含めて幸福になってほしいということを祈れば、それが本当の結果論としては多分、自分の人生に対する意義も自分に将来与えてくれるだろうということですね。
この「幸福とは他者に対する概念である」ということに気づいたのは、20歳前だから。
―― それはすごいことですね。
執行 そうですね。読書家だからね。20歳前に気づいてから、その目でもって76歳まで50年以上あらゆる人間を見てきたわけだから。自分の幸福を願う人間たちの不幸な人生を嫌というほど見ているから。今でも(そうです)。
―― なるほど。
執行 だから、日本人で昔の老夫婦のような幸せな人を今、見たことはない。ほとんど自分が幸福になりたいという人なので、幸福だと思い込みたいだけなのです。私はそう感じる。
―― なるほど。思い込みたいだけなのですね。
執行 思い込みたいだけです。だから、旅行したり、みんなで食べに行ったりして、「僕たちって幸せだよね」とか言っている。あんなことを確認し合っているということは、嘘だということじゃない(ですか)。だから、先ほど少し言ったけれど、本当の人間関係、親子関係に「確認」なんてないですよ。私のお袋だって、死ぬ最後まで私のことを愛しているとか私のことを好きだなんて一言も言わなかった。私もお袋のことは死ぬほど好きだった(けれど、言わなかった)。
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