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戦後日本の姿を鋭く衝いた、ある戦争未亡人の歌がある

第七章 歴史を愛する日本人の崇高な使命(7)「捧げし人のただに惜しまる」

渡部昇一
上智大学名誉教授
情報・テキスト
〝かくまでに醜き国となりたれば 捧げし人のただに惜しまる〟 これは、ある戦争未亡人の歌だが、家族を「捧げた」親や妻や子供や弟妹も多かった。だが戦後日本は、日本の戦争は侵略戦争だったと断じ、国のために命を捧げた人々を「無駄死に」だと面罵して憚らない。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第七章・第7回。
時間:04:45
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/21
≪全文≫
「敗戦利得者」が他人を貶めて自分の地位を得ていくような戦後日本の姿を、鋭く衝いてやまない一首がある。

 昭和元年(1926)から半世紀にわたる昭和時代のさまざまな短歌を集めて取りまとめた『昭和万葉集』(講談社)という歌集に収録されている、ある戦争未亡人の歌である。

 かくまでに醜き国となりたれば 捧げし人のただに惜しまる

「捧げし人のただに惜しまる」という、その未亡人の気持ちが、私には痛いほどよくわかる。

 前章で紹介した「義烈空挺隊」をはじめとする、本当に勇敢で、本当に優秀だった若者たちが、あの戦争で数多く亡くなっている。彼らの胸の中には、日本の未来のために、そして日本とアジアの人々の幸せのために一身を捧げる、という思いが強くあったはずだ。自分の父を、夫を、兄を「捧げた」親や妻や子供や弟妹も多かったのだ。

 だが戦後日本は、日本の戦争は侵略戦争だったと断じ、国のために命を捧げた人々を「無駄死に」だと面罵して憚らない。しかも、そうすることでGHQに媚びを売り、自らの地位を固めた人々が偉そうにふんぞり返っている醜悪な姿が随所にあった。

 これでは、まさに「捧げし人のただに惜しまる」という心境にならざるをえない 。

 われわれは戦後、戦死した人たちは、ただただ「かわいそう」だと思わされてきた。しかし、武士の伝統からするならば、戦場で戦果を上げて立派に死んだら、それは非常に名誉なことであった。そもそも昔の日本人には「幸いなる死に方」という発想があった。

 われわれ現代の日本人はすっかり忘れているが、戦死者はただ憐れむべき存在ではないという考え方が、戦前では普通であったのである。「名誉の戦死」という考え方が一般であった。

 否、戦後日本のような「醜き国」ではない、世界中ほとんどの真っ当な国において、国のために戦場に散った人々の名誉は本当に大切にされている。当たり前のことである。その方々は、現在を生きるわれわれのために戦死されたようなものなのだから。むしろ、そういう戦死者を貶めることで禄を食むような人間は、心の底から軽蔑すべき対象以外の何物でもないのである 。

 戦場で普通の死に方をすれば、場合によっては無縁仏になる可能性があって、自分が死んだあと、誰も祈ってくれなくなる恐れがある。ところが靖国神社に祀られれば、無縁仏になることもなく、天皇陛下に毎年お参りしていただける。そういう思いを抱いて多くの日本人が戦場に向かい、「靖国で会おう」といいながら戦死されたのだ。

 その意味でも、やはり靖国神社こそは、天皇陛下が深々と頭を垂れて参拝し給う唯一の場所にふさわしいのである。
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