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DATE/ 2018.05.23

2つの古代文明からみる「神殿更新」の作用

アンデス考古学者がひもとく「神殿更新」

 「式年遷宮(しきねんせんぐう)」をご存知でしょうか。一定の周期ごとに同じ神社の敷地内で新しい神殿を造営して旧神殿からご神体を移す神事をいいます。とくに有名なのが20年に一度行われる伊勢神宮の神宮式年遷宮で、クライマックスとなる62回目の遷御の儀が行われた2013年は年間で1400万人以上の参拝者が訪れ、大きな話題となりました。

 式年遷宮のように、同じ場所で神殿の建て替えを繰り返す「神殿更新」を行ってきた古代文明の地がありました。アンデスと西アジアです。『古代文明アンデスと西アジア 神殿と権力の生成』(朝日新聞出版)では、編者の国立民族学博物館人類文明誌研究部・教授で副館長の関雄二氏を中心に2つの地に栄えた古代文明、とくにアンデス文明とメソポタミア文明を比較・考察し、多大な費用や労力を要するため現代の観点で考えると無駄にも思える神殿更新によって、実は社会がまとまり経済が発展してきたことを解説しています。

関氏の専門はアンデス考古学、文化人類学です。1979年より東京大学アンデス調査団のメンバーとしてペルー北高地の祭祀遺跡を中心に発掘調査を行ってきたほか、古代アンデス文明の形成過程の解明や現代ペルーの国家としての文化財保護政策と地域社会に根付く歴史観との相互関係の研究、そして世界遺産と国別の文化遺産との相互関係の研究などを行っています。また、一連の活動に対して2016年に外務大臣表彰を授与されています。

世界スケールとしての西アジア

 ところで、アンデス考古学の研究家である関氏がなぜ、古代アンデス文明と西アジアを一緒に取り上げることにしたのでしょうか。

その理由を序章において、「古今東西、文明研究には西欧近代文明から見てどうだったのかという視点が否応なくつきまとっている。<中略>すなわち非西欧圏の『文明』とは、西欧の文明あっての存在なのである。そしてその西欧文明の起源地としてこれまで重厚な研究が進められてきたのが西アジア地域なのである」と、文明理解・比較文化の視座から示しつつ、編者である関氏が専門とするアンデス文明のデータを西アジアというデータ豊富な地域に照射することで得られる古代文明観を、同書にまとめています。

同書は序章と5章で構成されており、前半は西アジア考古学者によって、後半は古代アンデス文明に舞台を移して編者を含めたアンデス・ペルーの研究者により、事例研究の紹介を通した論が取り上げられています。

「神殿更新」から見る文化の継承と権力の生成

 また同書の前半では、アナトリア文明における祭祀センターともいえる遺跡の発掘調査や、メソポタミアにおける都市形成と権力生成、それにともなう神殿建設や更新、文明の発展を概観しています。

一方、後半では、古代アンデス文明における神殿更新が取り上げられ、さらには神殿更新が王などの強力な権力者の命令によって強制的に行われたのではないことが、アンデス考古学者たちの共通見解として紹介されています。

 第5章の著者である、ペルー考古学・人類学、ラテンアメリカ地域研究家の芝田幸一郎氏は「自発的に行われる労働、饗宴、諸々の儀礼のセットが神殿更新といえる。この更新が反復されることにで、参加する集団の結束が促され、知識や技術、さらには世界観が継承されていく」としています。

しかし、一連の神殿更新によって、権力格差の目立たない社会であったのに、宗教指導者や権力を持とうとする人が台頭し始め、格差が目立ってきた可能性を示唆。つまり神殿更新が指導者の権力の生成や強化の機会でもありつつ、集団の社会的記憶を生成・定着させていった可能性を提起しているのです。

 このように古代アンデス文明や西アジアでは、時間をかけた共同作業によって神殿を構築し、そこで饗宴し、同じ場所で建て替えるといった、儀礼的な行為も含めた神殿更新の反復実践の中で、集団の世界観や技術の継承が行われていきました。

ただし、反復実践といえどもまったく同じように繰り返されることはなく、更新のたびに新たな技能や思想が挿入されていった様子が、ワカ・パルティーダ神殿遺跡から出土した、聖なるレリーフの変化などからも考察されます。

現在のために開く古代文明の抽斗

 関氏は「さまざまな時代の社会的背景から生み出され、描き出された文明像を、その時代時代にとどまらせることなく、文明の特徴を捉えるための数多くの抽斗として、現在でも役立たせることは可能であり、そうすべきである。<中略>しかし、その要素の意味の違いを落としこむ解釈のモデルをつねに意識しない限り、建設的な議論に到達することはできない」とも述べています。

 権力のありどころや文明間の問題が大きな問題となっている今日こそ、古代の文明や知恵に立ち戻ってみることが大切です。そして個々の事例や思想といった部分を理解し尊重しながらも、時代や世界を比較しつつ考察するための知識や見地が、ますます必要で重要になってきています。同書はそのための大きなヒントともなる一冊です。

<参考文献>
『古代文明アンデスと西アジア 神殿と権力の生成』(関雄二編、朝日新聞出版)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=17272

<関連サイト>
関雄二アンデス考古学研究室
http://www.r.minpaku.ac.jp/sekito/
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