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企業収益は急増中なのに、なぜ賃金や投資には回さない?

日本の経済動向:2015年秋~アベノミクスの正念場

植田和男
第32代日本銀行総裁/東京大学名誉教授
情報・テキスト
「アベノミクスは正念場に来ているが、今後の希望がないわけではない」と語るのは、東京大学大学院経済学研究科教授・植田和男氏だ。具体的にどのような正念場を迎えているのか。何が今後の希望なのだろうか。植田氏がデータに基づいて論理的に説明する。
時間:15:02
収録日:2015/09/15
追加日:2015/09/21
カテゴリー:
≪全文≫

●今後の希望がなくなったわけではない


 それでは、ちょっと市場情勢とはなかなか難しいところですけれども、今日は、最近のデータから読み取れるいくつかのポイントを中心に、日本経済について簡単にお話ししたいと思います。全体の要約としては、日銀の物価目標を含めて、アベノミクスはなかなか頑張ってきてはいるものの、正念場に来ている感があります。ですが、今後の希望が全くなくなってしまったわけではない、ということをお話しします。

 資料の1ページ目は、前にもご覧いただきましたが、「日本の物価と景気の状況」を示すグラフです。横軸が成長率、縦軸がインフレ率で、赤い点が日本銀行の7月時点における見通しです。依然として、2016年にはインフレ率が2パーセントになるという見通しを維持しています。対して、三つの赤い点の真ん中にある三角の点「2016コンセンサス」が、民間の2016年の見通しで、日本銀行よりもかなり下にあることが分かります。

 現在、世界経済情勢を含めていろいろと厳しいところに来ており、日銀も赤い点を下方修正していくのではないかという予想が出ています。以下、その中身について少しお話ししたいと思います。

 2ページ目は「東京の消費者物価指数の上昇率」です。エネルギーと食料を除いた赤い線は0パーセントと0.5パーセントの間にあり、2パーセントにはほど遠い状況が続いています。


●アベノミクスはまだ成果を挙げていない


 日本の実体経済、GDPなどはそれほど良い動きを見せていません。3ページ目は過去5年の「実質GDP」の動きです。緑の線が日本ですが、ちょうどリーマンショック直前のピークに戻った程度です。これに対して、紫のアメリカは、リーマンショックの震源地ですが、すでに当時のピークを10パーセントほど超えていますし、ドイツも5パーセントほど超えている状況です。

 需要項目別に見ると、次のページの「実質輸出数量」は、円安にもかかわらず、残念ながらほとんど伸びていません。その次のページは「消費」ですが、これも消費税増税の直前を除くと、ほぼ停滞している姿が見て取れます。6ページ目は「実質設備投資」で、上がってきてはいますが、ここ3年で1割上がったかどうかというゆっくりとしたペースです。

 以上が需要サイドです。一方の供給サイドですが、経済の効率性を労働生産性で見る7ページの「労働生産性上昇率」は、青のアメリカでも労働生産性が伸びないことが大きなニュースになっていますが、それをかなり下回るのが、赤の日本の最近4、5年の状況です。これだけを見ても、いろいろ手を打ってきたにもかかわらず、供給サイドを刺激するアベノミクスが、これまでは目に見える成果を挙げていないことが分かります。


●賃金の伸び悩みは、単にデータの問題かも


 そうした中で、8ページ目の「失業率」を見ると、よく言われるように労働市場は引き締まってきていることが分かります。失業率は、過去20年間で最低水準にまで落ち込んでいるのです。ところが、次のページで「賃金動向」を見ると、青い線・現金給与総額の対前年比は0.5~0.6パーセントで、いま一つです。これが3パーセントくらいまで伸びないと、CPI(消費者物価指数)を2パーセント伸ばすという目標とは整合性が取れないと考えられますが、そのラインにはほど遠いところにあります。このことは、今後の日銀の見通しにも関係してきます。

 もう少しよく見ると、赤い線・所定内給与は着実に上がってきているのですが、ここにきてボーナスが伸び悩み、青い線が落ち込む形になっています。その結果、緑の線・実質賃金、つまりCPIで名目賃金を割ったものの伸び率は、直近まで対前年比マイナスで推移しており、明らかに消費の足を引っ張っていると言えます。

 賃金の伸び悩みは大問題ですが、なぜかといえば、一つのポイントとして、このグラフの「点線」があります。この点線は、厚生労働省が以前使っていたデータですが、比べると0.3~0.4パーセントほど下にずれています。新しいサンプルで賃金のデータをとると、なぜか少し下方にバイアスがかかるのです。つまり、単にデータの問題かもしれないというのが、よくいわていれることです。


●高齢者と女性の労働参加が進んでいる


 2番目のポイントは労働力です。次の「労働力調査」をご覧いただきますと、少々細かい話になりますが、左上の赤い枠の「-100」という数字は、この1年で15歳から64歳の人口が100万人ほど減ったことを意味しています。しかし、その下の労働力は「-1」で、ほとんど減っていません。

 中央付近の黄色い三つの数字を見ると、その理由が分かります。男性・女性ともに、65歳を超えた人の労働力が増えている。そして、女性の15歳から...
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