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中華人民共和国憲法は人権型ではない

中国共産党と人権問題(5)そもそも人権思想と憲法とは?

橋爪大三郎
社会学者/東京工業大学名誉教授/大学院大学至善館教授
情報・テキスト
中国の国際社会でのプレゼンスが高まると同時に、西欧諸国との思想的なズレも浮き彫りになっている。その原因として挙げられるのが、人権に対する位置づけの違いである。そもそもヨーロッパ・キリスト教社会で考えられてきた「人権思想」の基本的な考え方とは、どのようなものなのか。(全6話中第5話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:11:28
収録日:2021/10/15
追加日:2022/01/21
タグ:
≪全文≫

●毛沢東路線に回帰しようとする習近平政権に厳しい世界の目


―― 共産党は、もともとは階級闘争として「悪い資本家を倒して、人民が豊かになるために、われわれが指導するのだ」ということで、社会を豊かにしようとしてきました。それをさらに進めるために「中華」という概念を固めたり、あるいは「中華ナショナリズム」を高めたりして、国としての一体感を持ちつつ共産党の延命を考えていくということでもあるのでしょうか。

橋爪 はい。近代化だけすればいいのであれば、共産党にやってもらわなくたっていいわけです。アメリカの支援を十分に受けられて、国際社会から十分に納得と協力を得られるやり方を取り入れて、国際協調しながらそういうことをすれば、もっとスムースで問題ないはずでした。

 ところが、習近平の政権はそういうやり方からむしろ背を向けて、毛沢東のようなやり方に帰ろうとしています。これが大変不可解で、なぜそう思っているのかよく分かりません。

 トウ小平の時代には両面があって、多少西側世界に歩み寄る姿勢を示しているように見えました。そのため、西側世界は信頼して、今までの共産党と違った新しい中国のリーダーということで支援しました。しかし、いろいろあって習近平になってみたら、どうもそうではないようなので、中国に対する見方を訂正しなければならないのです。


●大日本帝国憲法と日本国憲法では人権の位置づけが異なる


橋爪 そこで、先ほど憲法の話を少ししましたが、大日本帝国憲法と日本国憲法の違いから、人権と政治の関係について、少しだけお話ししてもいいですか。

―― はい。

橋爪 時間があったら大日本帝国憲法を読んでいただくといいのですが、「臣民権利義務」というチャプターがあります。それを見てみると、同じような文言が並んで書いてあります。例えば、言論の自由があるか、所有権があるか、それから集会・結社の自由があるかです。いろいろな自由があるのですが、そこに書いてあるのは「日本国の臣民は、法律の許すかぎりにおいて、何々の自由を有する」ということです。「法律の許すかぎりに」というのは「法律の範囲において」という意味です。

 法律は立法府である議会で制定します。そのため議会が認めなければ、そういう権利はありません。あるいは、そういう自由を取り上げる法律が議会で可決されてしまえば、そういう自由はなくなってしまいます。こういうことに関して、政府が国民に権利を与えています。

―― はい。

橋爪 その臣民の権利義務の条項をずっと横に見ていくと、無条件に与えられているのは所有権だけです。所有権については、そういう規定がありません。なぜなら、所有権の規定を挙げると、社会主義者が議会で多数を占めた場合、社会主義革命ができてしまうからです。そこで、そういうことはできないようになりました。しかし、他の自由は全て取り上げることができます。

 さて、日本国憲法を見てみると、「国民の権利及び義務」が書いてあります。そこを見ると、「法律の許すかぎりにおいて」とか、「法律の範囲において」と大日本帝国憲法に書いてあった条項が全部ありません。無条件で表現の自由や集会・結社の自由、言論の自由、居住の自由などが認められています。これは、政府がそれを取り上げる方法がないという意味です。政府がそれを取り上げる方法がないものを、日本国憲法の言い方で「基本的人権」や「基本権」と言っていて、要するに「人権」のことです。人権は政治的な取引の産物ではなくて、政治以前に人々に分け持たれていることです。


●中華人民共和国憲法は人権型ではない


橋爪 さて政府はなぜ存在するかというと、「人びとの人権を守るため」です。そのように人民が合意して憲法をつくりました。そのため、議論の順番は、1.人権、2.憲法、3.政府です。大日本帝国憲法は必ずしもこの順番ではありません。1.天皇、2.憲法、3.臣民の権利という順番です。違うのが分かりますよね。

―― 違いますね。

橋爪 アメリカ合衆国憲法も、1.人権、2.憲法、3.政府という順番です。合衆国憲法は大急ぎでつくったので、今の権利の章典に当たる部分は本文ではなくて、修正第1条、第2条、第3条と修正の部分に書いてあります。この修正は憲法ができてから、きわめて速やかにつけ加えられたものなので憲法と不可分のものです。つまり、実質的に本文に書いてあるのと同じことです。

 中華人民共和国憲法は大日本帝国憲法型で、「法律の定めるかぎりにおいて」「公序良俗に反しないかぎりにおいて」など、条件付きで人民の権利が認められています。さて、その公序良俗に加えて、超憲法的な中国共産党があります。中国共産党は任意に人民の権利を取り上げることが実際上できてしまいます。そのため、人権型ではありません。人権型ではな...
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