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「ヘリコプターマネー」とは何か?そのデメリットは?

「ヘリコプターマネー」とは何か?

植田和男
第32代日本銀行総裁/東京大学名誉教授
情報・テキスト
デフレ対策として知られる「ヘリコプターマネー」。提唱者はノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン氏だ。強い賛同者と激しい批判者に分かれる「ヘリコプターマネー」について、東京大学大学院経済学研究科教授・植田和男氏に解説をいただいた。
時間:14:26
収録日:2016/05/12
追加日:2016/05/19
≪全文≫

●政府が金を使わないとヘリコプターマネーにはならない


 最近話題になっている「ヘリコプターマネー」について、今日は基本的なことをお話しさせていただければと思います。

 「ヘリコプターマネー」とは何かというと、文字通りのヘリコプターとして、例えば日本銀行が日銀券をばらまく。そうしたら、みんな喜んでこれを拾い、買い物に行ってお金を使う。そうするとインフレになるだろうという話です。

 ただもちろん、こういうことは現在の法律のつくりではできないことになっていますので、より現実的にはどうやるかが問題です。

 先述のヘリコプターマネーに近いことをやるには、一方で政府が予算を補正して財政支出を増やしたり、人々に商品券を配るといったことをします。それは財政赤字につながりますので、赤字に対応して発行される国債を中央銀行が購入する。この両方を合わせれば、ヘリコプターマネーをやったこととほぼ同じ効果が実現できる、ということになりそうです。

 ただ日本の財政法では、政府が発行した国債を直接日本銀行が購入することは原則禁止とされています。しかし、直接購入しなくてもマーケットから購入すれば実質的に同じことになるので、やろうと思えばできるオペレーションになっています。

 ポイントは、日銀が国債を購入するだけではなく、政府がお金を使わないと、ヘリコプターマネーにはならないという点です。


●ヘリコプターマネーは「やってはいけない」ことという認識がある


 最初に申し上げたように、ヘリコプターマネーを明示的にやることを禁止する法律が、いろいろな国でできています。その最大の理由は、ヘリコプターマネーを行うとインフレになってしまうため、それは悪いことだという認識があるからです。

 この表は日本の例ですが、青い線が1900年~1960年まで、戦争を挟んだ時期の「日本国債とGDPの比率」です。ご案内のように、戦争の間は戦費が増えて財政支出がかさみますので、国債はものすごい勢いでふくらんでいます。これを、日本銀行が途中から買い支えたりしました。

 黄緑の線は「卸売り物価指数」、赤の線は「消費者物価指数」で見たインフレ指数ですが、戦争直後の物が不足していた時期とも重なったということがあり、インフレ率はものすごい率に達したわけです。このような「ハイパーインフレーション」を招く危険があるために、普通ヘリコプターマネーは「やってはいけない」ことだと考えられてきたわけです。

 ちなみに、戦争末期の「日本国債とGDPの比率」が約200パーセント。これは現在の水準とほぼ同じであり、かなり警戒信号だということを指摘させていただきたいと思います。


●日銀が国債を持っている間、国債は発行されていないのとほぼ等しい


 仮にヘリコプターマネーを日本で実施することを考えた場合、もう一つの大きな問題は、最初の話とも関連しますが、すでに財政の維持可能性が非常に危ういと考えられていることです。そのような中で、ヘリコプターマネーに対応して財政支出をさらに一段増大させていいのかという懸念があるわけです。

 先ほどのヘリコプターマネーの説明に戻りますと、発行した国債を中央銀行が(間接的にではあっても)買ってくれるので、財政赤字のファイナンスという面では問題がないようにも見えます。

 この「中央銀行が国債を買ったら、どうなるか」の問題を、もう少し分かりやすく整理してみましょう。この図は、中央銀行(日本銀行)のバランスシートの、資産サイドを見た部分です。

 資産として、国債を持っている状態です。この国債にどういう意味があるかを考えてみますと、政府はもちろん形式上この国債に対して利子を払わないといけません。しかし、利払いをすると日本銀行の収入になります。日本銀行は、収入が支出を上回ると、その差額を国庫納付金という形で国に返済するのが基本的な仕組みです。

 したがって、日本銀行が持っている国債に対しては利払いをしなくていいということと、実質的には同じであるということになります。これは、日本銀行が国債を持ってくれている間は、その国債は発行されていないのとほぼ等しいということです。


●インフレ率が上がった途端に苦しくなる


 では、ヘリコプターマネーを実施しても、日本銀行が国債を買えば何の問題もないのかといえば、そうではありません。これは、少し複雑な話になってきます。

 グラフは、政府の純債務とGDPの比率を向こう十数年分シミュレーションしたものです。橙色の線が「現実の政府純債務/GDP比率」で、今は200パーセント前後のところにあります。しかし、先ほど言ったように日本銀行が持っている国債については「ないのと同じ」ことですから、それを控除してしまうと、国債の残高は赤線まで...
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