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企業は「投資をしなければ生き残れない」と考えるべき

GDP統計から読み取る日本経済の課題(2)企業の貯蓄と投資

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
学習院大学国際社会科学部教授の伊藤元重氏がGDP統計の数字から、日本経済、財政の課題を読み取り、解決への道を論じる。今回、注目したのは企業部門の貯蓄投資差額だ。GDP比5.1パーセントと、アメリカ、ドイツと比しても格段に高いこの数字が、日本経済の問題点を浮き彫りにする。(全2話中第2話)
時間:15:06
収録日:2017/07/25
追加日:2017/09/04
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≪全文≫

●GDP統計で目をひく企業部門の貯蓄投資差額


 (前回のレクチャーで)、データを見て改めて考えさせられることがあるというお話をしたのですが、そのデータで私が最近いろいろと考えさせられることになったのが、GDP統計、特にSNAデータの部門別の貯蓄投資差額なのです。家計部門、企業部門、政府部門、そして海外部門で、日本はどれくらいの貯蓄余剰を持っているかをGDPで割った数字です。前回申し上げたのは政府部門で出てくる貯蓄投資差額で、それは実は政府の財政赤字を表しているということでした。もちろん、GDP比で3.5パーセントくらいですから非常に大きいのですが、ただ、アメリカ、イギリスに比べてそれほど高いわけではなく、これはなぜなのかという話を前回しました。

 そこで今回ですが、もう1つ目を引くものとして、企業部門の貯蓄投資差額を取り上げます。簡単にいうと、企業が利益をあげることでどれだけ貯蓄資金を取り込んでいるかというところから、どれだけ投資に回しているか、その残りの部分が貯蓄投資差額として出てくるわけです。アメリカにおける2015年の貯蓄投資バランスを企業部門について見ると、もっともその前後もあまり変わりはないのですが、0.9パーセントです。ドイツは2.5パーセントくらいです。ドイツは今、ご存じのように経済が非常に好調ですし、企業は非常に健全で、ある意味健全すぎるくらいの運営をしているということで、毎年GDP比2.5パーセントの貯蓄余剰があるという状態です。


●米独に比べて圧倒的に多い日本企業の資金余剰


 一方、日本は5.1パーセントです。ですから、グラフに書いてみると皆さんも感じると思うのですが、何かすごく変なことが日本で起こっているのではないかという状況なのです。世界的に、企業には資金余剰があると言われているので、日本もそういうことだとは言えますが、それにしてもアメリカやドイツに比べて、日本の5.1パーセントはいかにも多いのです。

 単純な数字として仮に日本のGDPを500兆円―実際にはもう少し多いのですが―とすると500兆円の5.1パーセントで約25兆円の余剰資金が、2015年だけでも企業に貯まっているということです。2014年も2016年も、多分同じように貯まっているでしょうから、毎年25兆円規模のお金が資金余剰として、企業に貯まってきているのです。企業の方とお話をすると、「いやぁ、うちのところにはそんなにお金は入っていないですよ」とか「ちゃんと投資はしています」とか言われます。実際そうだとしても、経済全体で見てこのデータは一体何なのだ、ということをやはり考える必要があります。


●動けばプラスに働く余剰資金も滞留すれば経済停滞へ


 これは日本経済にとって非常に良いことでもあるのです。なぜかというと、日本に金がないわけではないということですから、このGDP比5.1パーセントといわれている余剰資金が動き始めれば、日本経済活性化の大きな原動力になります。それが投資に回れば、もちろん需要を引っ張るだけではなく、後でお話しするかもしれませんが、AIやIoT、ロボットといった技術革新が進んでいくためには、そういう分野に投資が行われなければいけないわけです。あるいはこの余剰資金が賃金の方にどんどん回っていくと、結果的にそれがいわゆる国民の可処分所得の増加になって消費が動くかもしれません。ですから、楽しみな存在として企業の貯蓄資金がこれだけあるということは、いい面だろうと思います。

 しかし、それだけの金があっても動いていない、つまり企業の中に滞留しているから経済が停滞しているのはマイナス面で、ここを何とかしなければいけないということです。


●消費低迷の背景にある過去30年で最低の労働分配率


 あまりこの数字だけ極端に取り上げるのはいいかどうかは分かりませんが、この数字を別の数字と並べてみると、愕然とすることがあります。それは何かというと、労働分配率です。労働分配率とは、日本の全所得の中で労働者に払われる部分の割合のことです。実は、この5年くらいの間にものすごい勢いで労働分配率が低下しているのです。つまり、日本の企業の売り上げや収益が伸びていく中で、労働者に支払われている部分は相対的にどんどん小さくなっているのです。要するに、賃金が十分に上がっていないということです。賃金が上がっていない一方で、団塊世代やその後の50代の比較的賃金の高い人たちから、それより若い世代にシフトしていく中で、全体としての労働者への分け前は下がっているのです。実は、今の日本の労働分配率は過去30年で一番低い状況に来ています。

 つまり、企業は貯蓄が余っているという意味での潤沢さはあるにもかかわらず、その資金が賃金として支払われていないということです。したがって何が起こっているかというと、消費が非常に元気がないという状況にな...
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