●短命だった人類の歴史
現在、「高齢社会」というのが非常に何かネガティブなことのように語られている。しかし、そんなことはないのです。長生きできるようになったというのは、これは「文明が成功した」と捉えるべきだと私は思います。
WHOのデータによりますと、去年、世界のすべての人々の平均寿命は70歳に達しました。ところが、調べてみると人類は非常に短命だったのです。エジプトのころや、千年前といったようなところは、世界の平均寿命はだいたい24、25歳くらいだったようです。1900年くらい、いまから110年くらい前、そのころになってもまだ世界の平均寿命は31歳です。ですが、20世紀に入って一気に40歳まで世界の平均寿命が延びてきたと言えます。
ところが、100年前に平均寿命が31歳、千年前には24、25歳という値は、少し僕らが知っているいろいろな事実と違うような気がする。それで調べてみると、聖徳太子は48歳まで生きています。織田信長は幸若舞を舞うときに「人生50年」と言っています。ですから、24、25の平均寿命とずいぶん違うのです。そういう意味でいろいろウィキペディアを叩くと、誰が何歳まで生きたというのがすぐわかりますので、いろいろ見てみると、ジュリアス・シーザーは56歳のときに暗殺され、それからアルキメデスは70歳以上生きた。面白くなって数十人ウィキペディアを叩いて、私が叩いたなかで一番長生きしたのはプラトンのようですね。82歳まで生きたと書いてある。だから、私たちが知っているような、いわゆる歴史に名をとどめたような人というのは、40歳、50歳、60歳、70歳まで生きているわけです。
●平均寿命は豊かさの指標
では、これと世界の平均寿命が24、25歳ということは、どういう関係にあるのか。私はこう思います。歴史に名前をとどめたような人というのは、ごくひと握りの裕福な、いわば「食べられた人」だと思います。さらに衛生状態の良いところに暮らして、水もクリーンな水が飲めて、今とは比較にならないといっても当時の医療にも接することができた。そういう人たちが、僕らが知っているような人たちなのです。でも、その人たちはごくひと握りだったのです。
ですから、ほとんどの人たちは食うや食わずの状況で、赤ちゃんがたくさん死んだし、みんな栄養失調ギリギリですから、飢饉が来ればバタバタ死んだし、みんな蓄えもないから、病気が流行ればそれで死んだということで、ほとんどの人の平均寿命というのが24、25歳。そのなかにごくひと握り、豊かで長生きできる人がいたということですね。
だから、平均寿命というのは、「どれくらい豊かな人たちが増えてきたか」という指標だと考えたほうがよさそう。とすると、31歳の平均寿命まで110年前になった。1割、2割の人がそういう状況になった。そして今、平均寿命は70歳、先進国の平均寿命は78歳ですから。もちろん世界で貧困の問題や飢餓の問題は重要ですが、それでも先進国の平均寿命78歳に対して、70歳の平均寿命くらいまではきた。むしろ飢餓の人たちのほうがずっと少ない数になってきたというのが現在です。そうした意味で、ほとんどの人、ひと握りの人ではなくて、一般の市民が長生きできるようになったのが、現在の特徴です。
●よい高齢化社会をつくる
ですから、高齢化というのは、「文明の成功の結果」なのです。こういう高齢社会をどうやっていいものにしていくか。活気あるもの、豊かなものしていくか、いわばそういう競争をこれから人類はすると考えたほうがいいと思うのです。だから僕たちは、「高齢化で困った、困った」と言うのではなくて、「どうやったら良い高齢化社会をつくれるか」ということに努力をする。これが「日本は課題先進国だ」と私が言う所以です。どうやって「課題解決先進国」にするか。これが日本にとってのこれからのビジョンだし、それが経済成長にも繋がるというのが私の申し上げたいことです。