●第一の謎:なぜ性はあるのか
こんにちは。総合研究大学院大学の長谷川眞理子です。今日は、最近いろいろ話題になっている「LGBT」と呼ばれる人びとの、性の不一致について、進化生物学ではどのように考えられるかをお話ししたいと思います。
そのためには、雄と雌という性がなぜあるのかをはじめに知っていなければいけません。まずはその話から始めたいと思います。
実は「性」があるのは不思議なことで、いくつもの謎があります。まず一つには、小さな動物だけではなく、小さな生き物の多くは無性で、性なく繁殖します。例えば、分裂する、体が半分になる、芽が出てその芽がまた別の一個体になったりします。雄と雌という性を介さないので、これを「無性生殖」といいます。そうした生き物はたくさんいます。それでうまくいくのに、なぜ性はあるのかが第一の謎です。
また、雌がいて雄がいない生き物も結構いて、それは「単為生殖」といわれています。雌が精子を受精しない卵を産み、その卵はそのまま大人になって発生します。これはミジンコやアブラムシなど、小さな昆虫に多いのです。
一番大きな動物では、アリゾナのトカゲの一種にそうした生殖の仕方をするものがいるそうです。卵は産みますが、精子は関係なくそのままトカゲの親になります。
このように生物学的にみると、雄と雌が一緒になって子どもができるのは、それほど当たり前ではないことが分かります。
それを数学的に解析してみると、雄と雌がいて、卵と精子を出し合って一個体ができる有性生殖は、効率が悪いのです。無性だと、一つが二つに分かれて、この二つがそれぞれ二つに分かれて、というようにどんどん増えていきます。しかし、雄と雌の有性生殖は、自分の繁殖相手は個体の中に半分しかいないので、それを見つけなければいけません。相手を見つけて、両方とも都合が良ければ一緒になり、そこで二匹が初めて一匹を作るので、無性生殖に比べてとても効率が悪いのです。
生命の進化の初期にもし有性生殖と無性生殖があったとしたら、無性生殖のほうがどんどん増えるので、有性生殖のほうは得にはなりません。これだとなかなか進化しにくいと思われるので、性がなぜあるのかは大きな謎なのです。
●有性生殖のメリット
ところで、増えることとは関係なく、他の個体と遺伝子を交換して混ぜ合わせている生き物がいます。その生き物もいろいろあるのですが、無性生殖で性を介さずに増えていくものが時々、別の個体と遺伝子の交換をするのです。
スライドに示したのは大腸菌です。バイ菌の仲間である細菌類も、時々こうしてお互いがちゅるちゅるとつながって、遺伝子を混ぜ合わせます。これを「接合」といいます。接合は、遺伝子の交換であり、増えることとは関係ありません。そのため、性が始まったのは増えることとは関係なく、自分の遺伝子の組成を変えるために、よその個体と混ぜ返しをするというのが今の定説です。
つまり、多様性の創出こそが大事だったのです。自分の遺伝子をそのまま複製して、次々増えていくのは良いですが、遺伝子の状態が全く同じものがずっといるだけでは、いろいろなことに対応できません。おそらく、別の個体と遺伝子を大幅に混ぜ返して、多様性を創出することが必要だったのだと思います。
それはなぜなのかを説明するための仮説に、「赤の女王仮説」があります。例えば、自分にたかりに来る寄生者がたくさんいるとして、それがどんな寄生者でいつどのように来るのか、分かりません。正解もないので、とにかくいつも(異なる遺伝子を)混ぜ返していることが大事でした。
『鏡の国のアリス』には、いつも走り続けている赤のチェスの駒の女王が出てきます。「どうしてこんなに走っているの?」とアリスが聞くと、「同じところにとどまっているには常に走り続けていなきゃいけない」と、変な答えをします。この話は、パラサイト(寄生者)が襲ってくることに対して、とにかく生き続けるためには、常に自分を変えていかなければいけないことの比喩として用いられています。
●第二の謎:なぜ雄と雌という二つの性があるのか
よその個体とときどき混ぜ返すのは結構です。しかし、なぜ雄と雌という二つの性があるのでしょうか。誰とでも遺伝子を混ぜ合わせたら良いのに、なぜ雄と雌なのでしょうか。
その答えは、卵と精子に関係があります。卵と精子ができて、それが一緒になります。卵も精子もどうなっているかというと、遺伝子は自分の体の半分を卵に、半分を...