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母親の胎内環境の状態が及ぼす胎児の性分化への影響

性はなぜあるのか~進化生物学から見たLGBT(3)性分化の複雑性と性の不一致

長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長
情報・テキスト
雌と雄への性分化には、遺伝子のさまざまな働きによって起こる複雑な過程がある。さらにこれは胎児のときに起こることから、母体からの影響を受けることになる。そうした中、からだの性と脳の性が不一致となり、典型的ではない雄あるいは雌が発生する可能性がある。実際にそうしたことが毎世代、発生しているのだが、なぜ広がっていかないのか。(全4話中第3話)
時間:08:02
収録日:2021/06/21
追加日:2021/08/24
タグ:
≪全文≫

●性分化の過程はとても複雑


 これは本当に大変複雑な過程で、全て解明されたとは全然言えません。例えばSRY(遺伝子)があって、何週目かにそれがスイッチオンになるといっても、それは誰がオンにするのでしょうか。また、どうしてオンになるのでしょうか。

 そこには別の遺伝子があって、ヒストンタンパク質の巻きを緩くすることで発現するようになるということがごく最近発見されたりしていますが、全行程についてはまだ解明されてはいません。

 このように性分化の過程はとても複雑なので、先ほどいったように、どの段階でも齟齬が起こり得ます。例えば、SRYが働かないことがある。また、テストステロンが出てこないこともある。テストステロンはそのまま働くのではなく、一回テストステロンがデヒドロテストステロンに変わり、そのデヒドロテストステロンによって体の雄化が起こるけれども、脳みそにはデヒドロテストステロンではなく、テストステロンがそのまま出ていく。このように性分化はすごく複雑です。

 そういったホルモンのどれかが出てこない、欠損していることもあります。また、ホルモンには必ず受容体が必要で、その受容体に結びついて初めて働きます。しかし、受容体はまた別に作られるので、ホルモンが出てきても受容体がなければ結局、変化は起こりません。

 以上のように、SRYが働かない、雄化ホルモンのどれかが欠損する、あるいはホルモンは出ても受容体が欠損するなどの理由で、うまく雄にならないことがいっぱいあるのです。

 雌はだいたい簡単で、XXであればSRYがないので、そのまま雌になるということで良いのですが、先天性副腎皮質過形成症という病気があります。女性でも副腎皮質からテストステロンは出ていて、そのテストステロンはまた変えられて、エストロゲンという女性ホルモンになります。実は女性ホルモンと男性ホルモンはほんの少ししか違いません。

 このように、女性の副腎皮質からテストステロンが出ているのですが、それが過剰に出る症状があります。そうすると、XXの雌が雄化してしまうことが起こります。


●性分化における母体からの影響


 もともとデフォルトは雌になるようになっており、何もなければそのまま雌になるので、雌のほうがだいたい簡単です。SRYがないので、そんなに大きな作り替えは起こりません。普通、生殖原基は卵巣になり、外生殖器も女性になります。そして、そのまま性自認は雌になり、性的指向が雄になるという流れになるのですが、途中で副腎皮質の雄性ホルモンが少し過剰に出たりすると、どこかが少し普通の流れにはならなくなるのです。

 これは全て胎児のときに起こることです。胎生の何週目かに順繰りに起こるのですが、何がそこに影響を及ぼすかというと、妊娠中の母親の状態です。妊娠中の母親の生活環境や母親自身のホルモン状態などにも依存します。

 もともとの遺伝子の欠損や、SRYがうまく働かないように遺伝子が突然変異を起こしていたなどの理由もありますが、妊娠中の母親がどれくらいホルモンを出しているかにも依存します。

 これも大量のデータで統計的に分かったことがあります。オランダで第二次世界大戦の時、飢饉に見舞われ、大変な状態になりました。そこで生まれた男の子はゲイ、ホモセクシャルが有意に多いことが報告されたりしています。単純に遺伝子に突然変異が起こったのではなく、母親の胎内環境の状態が胎児に影響して変わることもあるようです。

 以上のように、内臓として卵巣を持っているのか精巣を持っているのか、外生殖器も含めて体つきが男の子になるのか女の子になるのか、脳みそが自分を男だと思って女の人を好きになるか、自分を女だと思って男の人を好きになるのか、といったことがここまで全ての段階であるので、とても複雑なのです。

 体の性と脳の性が一致しないことや、性自認と性的指向がずれることは、いろいろな組み合わせによって、一定の確率で起こることです。その全てを排除することはできません。性染色体で性決定がなされるのは基本なので、哺乳類はXXなら雌で、XYなら雄です。だいたいにおいてはうまくいくので、だいたいは典型的な雌と典型的な雄になります。しかし、その過程はここまで複雑なので、いろいろな不一致は完全に排除することはできないのです。


●なぜ不一致なものが広がっていくことはないのか


 しかし、どうしてそれが広がっていくことはないのか。いろいろなものが作り替えの途中段階であったり、あるいは作り替えのしすぎがあったりして、そのこと(不一致のもの)が広がっていったりしないのでしょうか。...
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