●理論に基づいて現実を観察していくのが今までの経済学だった
―― 皆さま、こんにちは。本日は、柳川範之先生と松尾豊先生に「社会はAIでいかに読み解けるのか」というテーマでお話をいただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
松尾 よろしくお願いします。
柳川 よろしくお願いします。
―― 今日のテーマは、ディープラーニングと社会科学および社会の関係についてです。今後、ディープラーニングの手法が進んでくると、これまでの社会科学や社会の考え方がまったく変わったものになっていくのではないかといわれています。その前段として、まず柳川先生に、これまでの社会科学は、どのように理論や個別的な研究を組み上げていったのかをお伺いします。
柳川 社会科学は広いので、どちらかというと、私の専門の経済学を中心にお話したいと思います。すごく昔は、しっかり世の中を見通せる思想家のような人がいて、「経済とはこう動いているのではないか」「世の中はこういうふうに動かしていくべきなんじゃないか」という、自分の思想を本で伝えてきました。そこから、だんだんその思想をモデル化する作業に進んでいきました。それは、自然科学の法則やモデル化を社会科学に応用するというイメージです。経済や社会の中で起こっている現象を、理論モデルに落とし込むのです。
理論モデルを考える際には、現実を観察した事実や、簡単なデータなどに基づいて、理論モデルを組み立てます。こうした理論モデルの構築の中には、かなり思想や直感も入っていきます。そして、理論モデルを組み立てた上で、それがどのように実体として動くのかを、データを整備した上で解析し、それを例えば経済予測や政策の予測などに使ったりしました。これが、経済学のざっくりとした、これまでの流れだと思います。
つまり、データと現実の結果を見て、理論をバージョンアップさせて変えていくのですが、そこには基本的に、ある種の思想体系としての理論モデルがあり、その理論モデルに基づいて、現実の分析が行われます。最近、経済学でもデータの活用が進んできています。現実に合った理論になっているかということを、データ分析によって判断し、それによって理論をバージョンアップさせていくという動きです。それでも経済学は、歴史的には理論先行でした。理論に基づいて現実を観察していくのが、今までの経済...