●市場メカニズムはメリットもあるが、限界もある
―― 皆様、こんにちは。本日は柳川範之先生に「新しい資本主義」について、これからの資本主義の課題がどのようなものかということのお話を伺います。柳川先生、どうぞよろしくお願いいたします。
柳川 よろしくお願いします。
―― 今、日本においても「新しい資本主義」という言葉が登場し、改めて資本主義についての興味関心が高まっている局面だと思います。それこそ少し前には、例えば「新自由主義的なあり方」などといった経済学説が注目されました。
現在、この「資本主義」について、経済学的にどのような問題関心が語られているのかというところからお話をお聞きしたいと思います。そもそも新自由主義は、どのような時代背景から生まれ、どのような効果・恩恵をもたらしたのでしょうか。
柳川 何が新自由主義であるかについて、実はあまり明確ではありません。いわゆる経済学の中でいえば、「市場メカニズムが重要な役割を果たす」ということが近代経済学の基本的な考え方です。新自由主義という考え方や主張は、この「市場メカニズム」を強く重視して、自由化をできるだけ進めていこう、あるいは規制改革を進めていこうという流れや政治的主張であったと思います。ですから、学術的な定義というよりは、政治的な意味合いも含んだ思想的なメッセージだったと捉えています。
そこで少し学術的な面に立ち返って、市場メカニズムに対し、経済学あるいは社会科学はどのように考えてきたかをざっくりとお話ししましょう。
「市場メカニズムが優れた役割を果たす」ことはよく知られており、これは確固たる地位を築いているのでしょう。ただし、市場メカニズムが完璧でないことは、最初から分かっていることです。
経済学の初歩のテキストには、最初に完全競争市場の話が登場し、括弧付きですが「完全競争市場であればうまくいく世界が実現できます」という話が語られる。そのすぐ後に、「市場の失敗」として、この市場がうまくいくとは限らず、いろいろと失敗をするケースがあるということが語られます。「外部性」といわれる、例えば公害のような問題、最近であれば気候変動の問題、あるいは独占・寡占の問題、所得分配の問題などの問題が説明されるわけです。
経済学の初歩の段階でそのあたりまで必ず教えることになっているのは、何十年も前からです。そのような意味で、「市場メカニズムにはメリットもあるが、限界もある」ということは昔から知られていたし、今も変わらないのでしょう。
結局、その中で、どの部分を政治的あるいは現実の経済問題として重視するかということが時代によって変わってきた、と理解すべきなのだろうと思います。
●新自由主義が台頭した背景
―― もともと「新自由主義」が注目されるようになったのは、サッチャー英首相、レーガン米大統領の時代でした。サッチャー英首相でいえば、「イギリス病」といわれた公共機関、公的セクターの増加による弊害をどう打破するかという問題を解決するために、新自由主義が登場した。そういった理解でいいのでしょうか。
柳川 そうですね。歴史的に見れば、市場の失敗がさまざまに言われてきたので、公的な介入であるとか、政府が企業を運営するとか、さまざまな形で公的セクターの役割を増やしてきたのです。
ところが、市場の失敗もあるのですが、政府の失敗もあり、例えば国営企業であってもパーフェクトに動くわけではなく、さまざまな課題も出てきたので、ある種の揺り戻しが起きます。公的セクターが相当に役割を担う社会はなかなか問題もあるので、もう少し民間企業の創意工夫などといった市場メカニズムをより重視して活動する社会にしようという動きが、世界中の多くのところで見られました。その結果として、かなり規制緩和が行われてきたということです。
つまり、右か左か分かりませんが、片方に寄りすぎたからもう少し真ん中に戻そうとする。そのときに、「真ん中がいいですよ」「いやいや、もっと右に」「もっと左に動かしたほうがいいですよ」というのは、メッセージというか、主張の問題が絡んできます。「そこそこでやりましょう」というのでは世の中は変わらないので、「右でなければダメだ」「左でなければダメだ」とプロパガンダ的に言われてきたという面が強いと思います。
―― なるほど。その「新自由主義」が唱えられるようになってきたのがサッチャー英首相の時代くらいからですから、1980年代以降、そのような動きが強まっていったということになるのでしょう。
●ピケティが提起した格差問題
―― 2000年代に入ってから比較的言われるようになったのが、格差の問題です。フランスでは2013年にトマ・ピケティの『21世紀の資本』が発刊され、日本でも2014年に発刊...