●技術革新の結果、「所得の二極化」が起こっている
柳川 私自身が注目しているのは、最近騒がれるようになってきた「所得分布の二極化」が自動化、機械化、最近であればAI化で起きているといわれていることです。こちらの影響も、ピケティの議論が話題を呼んだ裏側にはあったのではないだろうかと思います。
―― それは具体的にはどういうことですか。
柳川 いわゆる「中間層」といわれる人たちが真面目に働いて、ある程度の所得を得ていたのですが、例えば自動化が進み機械が全て行うようになると、中間層の仕事が全部機械に置き換わってしまう。あるいは本来、人が能力として持っており、高いスキルだといわれていたものが自動化されてしまうと、そのスキルがなくても誰かが簡単に行えるようになってしまう。すると、所得の中間レベルにいた人たちは次々に低所得者となり、一方、ものすごく稼げる人たちはますます高所得になっていく。例えばAIのイノベーションを起こすような人たちは所得を高めていく。
それだけの理由ではないと思いますが、技術進歩の結果として所得が二極化しているといわれています。この影響も大きかったのではないかと思います。
―― それこそマルクスなどが生きていた時代であれば、当時も技術革新で、いわゆる熟練工が次々と機械に取って代わられました。例えば織物産業でも、機械が増えたから労働者の賃金がどんどん安くなる。そこでマルクス主義的なものが登場する背景が生まれたのだろうと思いますが、今はそれと同じ局面なのでしょうか。それともまったく違う局面なのでしょうか。
柳川 技術革新が大きな所得構造を急激に変化させるという意味では同じなのだと思います。そのため、ある程度の所得を得られていた人が、大きな技術革新が起きたことで、十分な所得を得られなくなってしまう。そこから、「社会としてこれでいいのか」という課題を抱えることになり、多くの人が「これではいけないのではないか」と思い始める。この構造は似ています。
違うのは、その技術革新の中身です。あるいはマルクスの時代は、資本を持っている人がお金を余計に得るということが強調されました。現在は、資本も大事ですが、例えばすごい知恵や新しいアイデアといったことがとても強調されています。
適切な例か分かりませんが、今非常に騒がれているのが、「GAFA」といわれるグローバル・プラットフォーム・カンパニーです。 彼らの行動や利益が正当かどうかはさておき、GAFAはなぜ儲けられているのでしょうか。それは、資本を多く集められたからということよりも、彼らのアイデアや、彼らの提示した新しいビジネスモデルが相当な収益を生んでいる、と多くの人は考えていると思うのです。
単純にお金を集めてきたということよりも、社会に新しい知恵を注ぎ込んだ人が非常に儲かる、という構造が出てきているのが今の特徴なのではないかと思います。
●経営者はリターンを得すぎているのか
―― 例えば1つの批判として、最近、株主資本主義が隆盛を極めていて、特にアメリカを中心に経営者の給料は大変上がっており、「経営者が取り過ぎではないか、それが格差のもとではないか」という議論があります。ですが、今の先生のお話ですと、そういう一面もあるかもしれないけれど、経営者の中には知恵やアイデアを出して、社会をイノベートさせていったという要素があるということでしょうか。
柳川 そうです。全ての経営者がそうだったかどうかは別にして、経営というプロフェッショナルな仕事に対しては、素晴らしい能力や知恵といったものが必要になります。ですから、それに見合うリターンがあるべきではないかというのは、議論の1つの流れとしてはあります。
それに対して、「それにしてもそれほど高額なものが対価として適切なのか」という批判がありました。一人一人の従業員の働きよりは確かに素晴らしい収益力を持つものだったかもしれないけれど、それでも何十億円ももらうことが適切なリターンなのか。そうした批判が、特にアメリカで起きてきたのは、それなりに納得することではあるでしょう。
ただ、日本が同じような状況かというと、日本は経営者の報酬がそこまで高くないので、同列に扱うのは危険なのかもしれません。
●資本主義が進むと中間層が増えるのか
―― 今の話に関連して、これもピケティの指摘でずいぶん有名になった話ですが、所得の上位1パーセントが全所得の20パーセントを稼いでいるということです。あるいは、19世紀のヨーロッパの場合、貴族を中心としたトップ10パーセントが国富の80パーセントを所有していて、上位1パーセントが6割以上を持っていたという社会でした。今のアメリカであれば、上位の10パーセントが国富の70...