●直面する課題の「見える化」が進んできた
―― そうした中、今回ずっとお話を伺ってきましたが、ある意味では例えば「市場の失敗」や「分配」は、先生がおっしゃるように経済学の教科書の最初に載っていることです。ですが、いろいろな技術革新が起き、それによって労働環境も変わってきているし、これまでの雇用のあり方、あるいは会社のあり方も変わってきています。ここで、「新しい資本主義」という、「新しい」を付けることの意味ですが、資本主義はこの後、どのように動いていくのでしょうか。
柳川 何が今、新しいのかということは、人によって意見が違うと思います。私が考えるところでは2つあります。1つは、前回申し上げてきたこと(第3話)と関係するのですが、「社会課題」といわれているものがかなり大きな問題になってきており、その中の多くは経済学の「市場の失敗」に依拠するものです。
―― 社会課題とは、例えば気候変動の問題などでしょうか。
柳川 そうです。気候変動でいえば現在、CO2削減など、広い意味での環境問題がずいぶんと叫ばれるようになってきました。このような問題は、今までであれば、どちらかといえば資本主義が悪者とされてきた、つまり資本主義がそういった問題を生み出している原因と言われていました。
それから格差の問題、人権問題、あるいは貧困の問題といったものも、やはり社会課題として取り上げられるようになり、このような問題に対して多くの人が放置できない課題ではないかと考えるようになりました。そういった意味で、資本主義にある種の限界があるのではないか、ということが言われるようになったのが現在の大きなポイントです。
もう1つの大きなポイントは、技術革新が進み、いろいろなところでデータがとれるようになってきたというのが非常に大きな変化だと思います。分かりやすい例でいえば、新型コロナウイルス感染拡大時、人流(人の流れ)についてずいぶんと話題になったと思います。例えば「渋谷駅前の人流が先週に比べてどのくらい増えました」「減りました」などという話がニュースになりました。
あのようなものは、昔はデータとして取ることができませんでした。なんとなくカメラで映して、「今日は人が多いですね」「少ないですね」程度はいえたのですが、具体的に数値化して測ることはできなかった。
ですが、今はわれわれのスマホの位置データ情報で、どこにどれだけの人が集まっているかということを数値化して、データ化できるようになったわけです。必ずしも個人を特定していないので、「私(僕)」がどこにいたかが把握されているわけではない。そういう意味では、プライバシーに抵触することなく、人がどのように動いているかということが分かるようになってきました。
気候変動の問題も、データによって見えてきたもの、あるいはデータによって把握できるようになったものが相当多い。例えば森林がどのくらい傷んでいるかといったことは、昔は現地に入って調査をしないとなかなか分かりませんでした。ですが、今は衛星画像を撮って解析することで、どのくらい森林が伐採されているか、あるいは砂漠化が進んでいるかというのも詳細に分かるようになってきました。
そういった意味でデータについては、これまでに話に出てきたGAFAがどのくらい儲けるのに使えるかという話だけではなく、気候問題あるいは貧困・格差といった社会課題に関して、どのような実情があり、どのような変化を起こしているのかを測るにも十分なデータが使えるようになった。これが今起きている非常に大きな変化だと思います。
そう考えてくると、「新しい資本主義」とは何か。今申し上げたように課題はいろいろと出てきたのですが、その課題をしっかりデータで「見える化」できるようになってきた。これが今起きている大きな2つの変化でしょう。
この2つをどう使うか。ポジティブに使うという意味で、いい方向での「新しい資本主義」を考えるとすると、データで「見える化」できたものを解決に使っていくことです。具体的にいえば、個々の企業の活動や、資本主義そのものの活動によって課題を解決するという「社会課題を積極的に解決する資本主義」に持っていくことができるのではないか。これが私の考えている「新しい資本主義」の、プラスの方向性の変化です。
●社会の課題解決をする企業が評価される資本主義の可能性
―― 通常「資本主義」というと、とかく問題を起こすもの、それこそ「市場の失敗」を含めて問題を起こすものと考えられがちですが、「課題を解決する資本主義」というのはとても面白い考え方ですね。
柳川 そうですね。実際、今は環境問題に関しても、いろいろな企業が積極的に取り組んでいます。例えば若い社会起業家たちの会社は、環境負荷を減らす...