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●文明が追い求めてきたことを今、私たちは全て手にした
私は、これから人類が目指すビジョンとして、「プラチナ社会」というものを提案しています。それについてお話をします。
今、人類は本当に節目の時代を生きていると思います。それにはいくつかの意味があります。前回お話しした、1万年前に世界各地で農業ができるようになった農業革命や、物が非常に大量につくれるようになった産業革命という話が1つです。
また、産業革命の結果、昔はごく一部の人が独占していた物の豊かさを、私たち一般の人間が持つことができるようになりました。例えば自動車であれば、今はもう欲しい人は皆、持っています。日本を含め先進国では、2人に1台の割合で保有しています。
加えて、情報というものは、昔から本当に貴重品でした。情報を早く得た国が戦争に勝ったり、情報を早く得た人がお金を稼いだりというようなことでした。しかし、今や端末で世界のさまざまな情報を、私たち一般の人間が見ることができるようになりました。
それから、長寿を手にしました。かつては平均寿命24、25歳という状況がずっと続き、ごくひと握りの特権階級の人たちだけが50歳、60歳、70歳という長寿をまっとうしていましたが、今、先進国の平均寿命は78歳です。これはごく一般の人が長寿を楽しめるようになったということです。
そのような意味で、衣食住、移動の手段、情報の手段、長寿といったような、いわば文明が長い間ずっと追い求めてきたことを、一般の市民、私たち自身がもう全て手にしました。これは本当に人類史の節目なのです。
●これからは「量」から「質」の時代へ
では、そのような節目を迎え、これから社会は一体何を目指していくべきなのでしょうか。つい最近までは、もっと物が欲しい、もっと美味しい食べ物が欲しいと、ずっと進歩してきましたが、その欲望が産業につながり、私たちの文明はそれをもう果たしてしまったのです。そうであれば、この後、何に向かうべきなのでしょうか。
私はこの状況を「量的に満ちた」ということだと捉えています。量的に満ちた後は、「質」に向かうのは当然ではないでしょうか。例えば、長寿です。単に長生きすればいいというわけではなく、どうすれば健康で自立して、いわば誇りある人生をまっとうできるかということが、長寿の質です。
例えば、衣食住の住居です。これは今、日本では5,800万軒の家があり、世帯の数は5,000万しかないので、800万軒が空き家なのです。雨露をしのぐという意味では、人類、あるいは先進国の人々は、もう家に困っているわけではありません。ですから、「もっと家が欲しい」という需要はもうほとんどないと思いますが、「もっと快適な住まいが欲しい」という需要は、大きいはずなのです。
●断熱住宅にすれば生活の質が上がる
自分のことを言うのもなんですが、11年前に家を建てた時、エコの家をつくりました。私は非常に快適に感じていたのですが、それを裏付けるデータが出ています。建築研究所が、すきま風とまではいかないけれど、古い1枚ガラスの典型的な日本家屋に住んでいた人で、新しい断熱のよい機密性の高い住宅に移ったという2万人以上の人を対象に調べたのです。その結果、10種類の病気の有病率が激減していました。例を2つだけ挙げると、例えばアトピー性皮膚炎は61パーセント減少し、心臓疾患は80パーセント減っていたのです。
これは、2つの理由によるものだろうと思われます。1つは、アトピー性皮膚炎などには、おそらく空気の質・エアクオリティが関係しています。1枚ガラスの家は、冬に結露します。結露すると、絵が書けて面白いということもありますが、朝になると太陽が照り出しますから、露が下に落ちて暖められるのです。そうすると、湿度と温度が高いのはカビの発生条件なので、1枚ガラスの下のところをご覧いただけば、真っ黒になっています。カビがあるということは胞子が飛ぶということで、おそらくアトピー性皮膚炎は、そういったことが関係しているのではないかと言われています。
もう1つは、ヒートショックと言われています。古い日本の1枚ガラスの家は断熱が悪いので、暖房をたいてもなかなか暖まらず、暖房効率が悪いから一部屋しか暖めないのです。そうすると、お勝手に行くと寒く、トイレはもっと寒い。そういうところを、居間とお勝手、あるいはトイレなどを行き来するたびに、心臓がぱくぱくします。それが心臓疾患などに効いているのではないかということです。
もちろん原因は推定の域を出ないのですが、空気の質、カビが生えないこととヒートショックがなくなるという意味で、病気がものすごく減る。つまり、同じ住まい方をするのでも、断熱住宅にすると生活の質が上がるのです。


