●ウイルスの吸着と侵入のメカニズム
「ウイルスは自分で情報を持っているが、複製することができない」といいましたが、それではどのように生物を利用して複製するのでしょうか。
まず、標的となる細胞に吸着します。前回申し上げたように、細胞の表面にはさまざまな形の突起があります。
図では粒粒で突起がないように描いてありますが、ウイルスのカプシドやエンベロープにも突起が存在します。そのウイルス自身の突起と合致する細胞の突起に吸着します。
吸着した後、さまざまな方法で細胞内部に侵入していきます。その後、遺伝情報をさらすために、カプシドやエンベロープを壊し、遺伝情報が宿主の細胞のなかに泳ぎ込んでいきます。これを「脱殻」と呼びます。そのようにして細胞に入り込むと、遺伝情報をもとにカプシドやエンベロープを含む自分自身をつくっている構成要素を、宿主の細胞内構造を利用して生産していきます。タンパク質などを自分に都合の良いように操作してつくらせるのです。そうして部品が形成されると、それを組み合わせてまた遺伝情報の周りをカプシドが囲むというような娘ウイルスをつくり出します。それが貯まってくると、細胞を破って飛び出し、また拡散していきます。これが症状の原因です。つまり、ウイルスに悪さをされた細胞が破られて外に出て行くと、咳などの症状が出るということです。そのなかに、多くの娘ウイルスが含まれているのです。
ウイルスの吸着や細胞内部に取り込ませるための方法はいろいろあります。そうした方法を研究して、どの部分を攻撃すればその過程を阻止できるのかを調べることで、抗ウイルス薬を開発することができます。ただ繰り返しますが、吸着や侵入の方法はさまざまなので、あるウイルスに効く方法がほかのウイルスにも同様に効くとは限りません。それが、変幻自在なウイルス対策の難しい点です。
●DNAウイルスは頻繁に変異しないのでワクチンを用意できる
前回DNAとRNAがあると申し上げましたが、DNAとはデオキシリボ核酸の略称で、二重らせん構造です。これはどの生物も持っています。二重らせん構造は、きっちりした形を取って、相手のAGCT配列とブリッジできるようにすることで、遺伝情報を正確に保存するための仕組みです。AGCT配列があっても、それが頻繁に変化してしまうと遺伝情報が正確に保存されません。2つの鎖が相補的に結びついて、きちんとした形を保つことによって、正確な情報を保持することができます。このように、DNAは遺伝情報をしっかりと保存するための装置なのです。
それでも変異が起こって遺伝情報の文字が変わってしまうことはありますが、そのときにはもう一本の鎖を参照して間違っている部分を修復するという機能も、DNAは持っています。ですので、普通の生物は何世代か経ても、ネズミはネズミ、ネコはネコということで、それほど変化しません。これは、DNAがきっちりと情報を伝えているからです。もちろん、さまざまな突然変異は起こりますが、多くの場合は修復されることで、大抵の生物の形は保たれていきます。したがって、DNAは非常に強固で変化しないようにできているのです。
言い換えれば、ウイルスの情報がDNAであれば、そのウイルスはあまり変化しないということを意味します。DNAの構造自体は情報を保存するようにできており修復も行うので、あまり変化がなく、突然変異が何度も起こるということはありません。
DNAを持っているウイルスの例として、天然痘が挙げられます。天然痘は撲滅されたといわれています。エジプトのミイラのなかにも、天然痘で亡くなったミイラがあったといわれているので、天然痘は人間に対して何千年もの間、猛威をふるってきたのですが、WHO(世界保健機関)が1980年にとうとう撲滅したと宣言しました。これは対抗策やワクチンが開発された結果ですが、天然痘ウイルスのDNA情報を撲滅するための構造を確立できたためです。
ということで、DNAウイルスの対処しやすい点は、それほど頻繁に変異が起きないので、こちらが賢く対応策を取ることができれば、撲滅のためのワクチンを用意できるというところです。
●大きな被害をもたらすことで有名な一本鎖RNAのウイルス
ところがRNAだけしか持っていないウイルスも多く存在します。RNAはリボ核酸の略称ですが、これは二本鎖ではなく一本鎖です。普通の生物はDNAが仕事をする際に、さまざまな目的でメッセンジャーRNA、トランスファーRNA、リボソーマルRNAなどのさまざまなRNAを用います。情報を伝える媒体でありながら、さまざまな働きが可能です。さらに、一本鎖であるため修復...