●人新世を見直す時代に出版された『LIFESPAN 老いなき世界』
(前回のシリーズは)「人新世とは何か」ということで講義しましたが、この100年前後の間で、人間という生きものがいかに不自然に、好き放題にいろいろなものを使ってきたかということを、いくつかの資料でお見せできたかと思います。
ホモ・サピエンスは、本当に長らくの間狩猟採集者として、他の生物と同様の自然エネルギーで暮らしてきました。それがおよそ1万年前に農耕と牧畜を始めるという大転換を迎えます。それは、より効率的に食料を採ることができる方法でした。「飢える」ことは減り、と同時に地球表面の改変がどんどん進み、その辺から変化の兆しが起きたわけです。
ところが産業革命は決定的に違っていました。石炭・石油を燃やすという、ふつうの生きものがやらないことをやるようになって、活動の性質が変わってきます。そして人口が増えます。
例えば南極には「アイスコア」というものがあり、掘っていくと昔(10万~80万年ほど前まで)の氷が出てきます。昔の氷を調べると、昔の気候がどうだったか、CO2濃度などが分かります。
今後、アイスコアを掘っていく後世の生きもの(それが人間なのか人間以外の生きものなのかは分かりません)が、「ここは違うね、人新世だね」と言うかどうか。おそらく明らかに区別されるような痕跡を、今人間は残しているだろう。人新世の提案をした人たちから始まったのはそのことで、いろいろな研究がそれを指し示しているところだと思います。
そういうご時世のもと、デビッド・シンクレア氏がマシュー・D・ラプラント氏と一緒に『LIFESPAN 老いなき世界』という著書を出しました(邦訳:東洋経済新報社)。とても有名で、よく読まれている本だそうです。
デビッド・シンクレア氏は「生きものはどうして老化(エイジング)をするのか」ということ、なぜ細胞は老化していくのかのメカニズムを研究している学者です。
誰だって若いまま生きたいと願うし、健康寿命が長いほうがいいと思うものですが、「細胞がどういうメカニズムで劣化していくか」ということを研究している人というのは、どうしてもそのメカニズムを変えたい、阻止したいと思うわけです。
●老化(エイジング)に至るメカニズムとは
彼はたくさん面白い研究をされていて、細かいところは省きますが、「老化(エイジング)とは何か」ということを一言で書こうとしています。
細胞というのは、一つ一つの細胞が受精卵のときに卵から発生してきたので、どの細胞も全部、からだの全部を作る全情報を持っています。そうではあっても、手は目にならないし、胃袋は肝臓にならない。それは、それぞれの場所がそれぞれの情報だけを読んで、手なら「手」目なら「目」をつくるための情報だけを読んで、それを発現させているからです。
そのようにしていろいろ動いているのが人体ですが、その細胞は太陽、紫外線、放射線など、いろいろなストレスを始終受けています。細胞にストレスがかかると、その細胞で何とか修復しようと防御するシステムにスイッチが入って発動します。
このようなストレス防御のスイッチの仕様は「エピジェネティック」と呼ばれます。それは、初めから遺伝子上で決まったことをするのではなく、何かの刺激があると動員するシステムにスイッチが入るという働きです。
どこかに書いてあった比喩ですが、「○○軍が侵攻してきたぞ。戦争の準備だ」と発表されると、軍隊がどどっと出てくるのに似ています。どこかからのシグナルにより、「よくないぞ」と合図されるとスイッチが入って、修復のために防御システムが発動するということです。
それが何度も何度もあるというのは、長く生きれば生きるほどそうなります。長生きするほど、そういうことが何度も何度も起こる。そのスイッチを何度も何度もやっているうちに、どうもうまくいかないことが溜まってきて、全ての細胞が普段通りに正常な働きでなくなる。これが老化である。そのことを彼は、遺伝子その他で発見したわけです。
●老化を治療すれば、未来は自分ごとになる
そこで、彼は「老化は病気だ。疾病である」という結論を述べます。病気であれば、がんを治療しようとするのと同じように、老化も治療しよう。老化は治療できるはずだ、というわけです。そうすれば、およそ30代ぐらいのからだの状態で、120歳以上の年齢までうまく生きられるかもしれない。
健康で十分に長生きしたいというのは、みんなの願いでしょう。本当に健康だったら、永遠にでも生きたくありませんか。というのが彼の主...
(デビッド・A・シンクレア著、マシュー・D・ラプラント著、
梶山あゆみ翻訳、東洋経済新報社)