●円安でも、貿易・サービス収支は改善しなかった
それでは、本日は、ここ2年続いている円安に関する話を申し上げたいと思います。図を持ってきていませんが、円ドルレートでは、円安は2年間ですでに5割くらい進んでいるでしょう。今日お話ししたいのは、円安の原因や、今後円がどうなるかということではありません。円安が進んだにもかかわらず、日本経済に円安の効果が十分表れていないのではないかという話が多いので、今回はその辺りに焦点を当て、簡単に解説できたらと思います。
まず、円安が国際収支にどのような影響を与えているかを示す図をご覧いただこうと思います。この図です。黒い実線が「貿易・サービス収支」と呼ばれる概念で、「財の輸出-輸入」と、例えば観光などで日本人が海外旅行に行けば赤字で、外国人が日本に来れば黒字という、いわば「サービスの輸出-輸入」の項目を足したものです。
この青い線のついている所が、円安が進行した過去2年ですが、貿易・サービス収支がほとんど改善していないことが分かります。そこで貿易収支とサービス収支に分解すると、特に貿易収支が少しずつ悪化を続けてきたことが分かります。一方、サービス収支は、おそらく外国人の日本への観光旅行などが増えて改善しています。
国際収支全体は、貿易・サービス収支の外側にある「経常収支」という項目で示されています。こちらのグラフでは黒い実線で書かれています。こちらも過去2年間、あまり目立った改善を示していません。ただし、ここ2、3カ月は、若干改善の気配を見せています。この理由は二つで、先ほどご覧いただいた貿易・サービス収支が、観光収入などの増加で多少改善していることです。
それから、もっとはっきりしているのは、この赤い線です。「所得収支」と言いますが、要するに、日本人が持っているドル資産、海外資産などに対する利子配当収入が増えていることです。利回りが良くなったわけではなく、ドルで入ってくる利子収入の円建ての金額が膨らんでいるのです。それらを反映して、経常収支はここ3カ月、多少改善していますが、2年間で見れば、やはり大した改善は示していません。
●輸出が伸びない理由は、日本企業の現地生産体制
最大の原因は、やはり輸出が増えていないことにあります。これが「実質輸出」という数値で、大まかな輸出数量の動きを示しています。図の右半分が、過去2年間の動きに対応していますが、円安が進行した2年間で、輸出数量は5、6パーセント増えているに過ぎません。5割の円高に対して5、6パーセントの増加ですから、円安幅の10分の1ほどの反応しか見せていません。がっかりする数字です。
その大きな理由は、この点ではおそらく多くの人の考えが一致すると思いますが、日本企業が海外で生産する体制を、5年、10年でしっかり築いてしまったことにあると思います。
こちらの図のうち、薄い色の棒グラフが日本からの自動車の輸出量、濃い色の棒グラフが自動車を海外で生産し、海外で売っている現地生産の量です。両方足したものはずっと伸びてきていますが、明らかに大きく伸びているのは現地生産です。自動車が典型的ですが、要するに、海外で売る分は海外で生産する体制がかなりしっかりできてしまっているため、円安が進んでも、日本でつくって海外で売る動きになかなかなりにくいのです。これが、輸出数量が伸びていない最大の原因ではないかと思います。
これに対して、冒頭で少し申し上げた観光収入などは、外国人が日本に来てくれて、旅館サービスなどを利用してくれればよいのですから、割と伸びやすいと言えます。ただし、全体の金額は限られています。
●輸出企業のプラスと輸入企業のマイナスは同程度
まとめると、円安の日本経済への影響ですが、最初にご覧いただいた貿易・サービス収支が輸出の改善などで大きく伸びていれば、日本での雇用や生産所得が増え、円安が日本経済を潤わせてくれることになりますが、そこは残念ながら、今のところはもう一つです。
個別に見ていくと、例えば、輸出企業の円建ての企業収益は非常に大きく伸びています。それを反映して株価もかなり上がっていますが、裏側では、輸入価格が円建てで非常に上がっているため、輸入企業は収益が圧迫され、非常に苦しんでいます。貿易・サービス収支がほとんど変わっていないということは、おそらく輸出企業のプラスと輸入企業のマイナスが、両方合わせるとゼロになってしまう程度の効果だと言えそうです。
株価全体は上昇していますが、これは上場企業に、日本全体に比べると、より高い比率で輸出企業が含まれていることが影響しているように思います。上場していない輸入企業の潜在的な株価も含めると、結局、そういう意味での株価全体は、ひょっとしたら...