●いろいろな人の能力をそれぞれ最大限度伸ばしていく
―― リーダー教育を掲げて、海陽学園を作られました。日本ではリーダーを育てる教育が弱くなってきていると思うのですが、リーダー教育についてどうお考えでしょうか。
葛西 私自身、リーダーそのものを育てる教育というのが本当にあるのかないのか、実はまだよくわかっていないのです。ただ、いろいろな能力持った人が一つの学校へ集まってきますので、その能力をそれぞれ最大限度伸ばしていけばよいと考えています。その中は、リーダーシップを持っている人もいるし、サイエンティストとしての才能やアーティストとしての才能を持っている人もいます。いろいろな人間の能力を最大限度伸ばしてあげなくてはいけません。それが学校教育の一つの使命で、いわば「一つの組織のリーダーを育てる」と決めてかかったら、明確な方法があるわけでもないと思っています。
●人慣れしていない子どもたちが増えている
葛西 ただ、一つ言えることがあります。最近の世の中は、どうも「人間が孤立している」という欠点があると思うのです。「人慣れしていない」ということです。
例えば、昔であれば、兄弟姉妹も多く、両親・祖父母やいとこなども周りにたくさんいて、さまざまな形でたくさんの人と接触をする機会がありました。わが子の世代でも、例えばわれわれ家族は会社の宿舎に住んでいましたから、宿舎内には同年代の会社の同僚の子弟がたくさんいたので、子どもたちは人間同士の接点というものをいろいろな形で経験していたと思うのです。学校から帰ってきて友だちと遊ぶという時間もあれば、いろいろな人と接する体験をすることができるような状況でした。
ところが、最近では、学校が終わって帰ってきたあとの時間は、学校で十分なことを教えてくれなかったために、塾に行く時間としてまず最優先に確保されます。それから、塾から帰ってきたあとの時間は中途半端で、友だちと遊べるような時間帯でもないので、最近ではさまざまなコンピューターゲームのようなものがありますから、一人で遊びます。学校に行って、塾に行って、一人で宿題やって、一人で遊ぶ。両親は共稼ぎ。それから兄弟はいないとか、一人っ子が多いということもあってか、どうも「人慣れしていない」というのが、今の子どもたちの特色かもしれません。
そうすると、そういう子どもたちが社会人になって、人と付き合うことがどうしても仕事上避けられなくなったときに、突然メンタルケアを必要とするような拒否反応を起こしてしまったりするわけです。これは非常によくないと思います。
ですから、私は、全寮制の一つのポイントとしては、もう塾には行かないで、自分でいろいろと好きな本を読んだり、あるいは学校の中で勉強するということだと思います。
●寮では社会で生きていく上で必要なことを数多く学ぶ
葛西 それから、寮での人間同士の付き合いとしては、1学年は約120人、6学年では約720人が入り混じって住んでいます。歳が上の者もいれば、歳が下の者もいます。それから寮を管理するために支援企業から派遣された独身の男子社員「フロアマスター」や、寮全体を束ねる寮長としての「ハウスマスター」もいます。大人もいる、お兄さんもいる、仲間もいる、という状況の中で、人間とはどのような形で人と折り合っていかなければいけないのかとか、人間とは、例えばこういう言い方をしたら、このように感じるものなのかとか、人と仲良くするためには、やはり自分が一歩退かなくてはいけないときもあるし、人に頼まれたことは誠実にやってあげなければいけないとか、いろいろなことを学ぶのです。それがすごく大事だと思うでのす。
これがリーダーシップに育つかどうかはわかりませんが、やはり一緒に住むことによって、リーダーシップをとり得る人間が、学校の中の小さな社会においてもリーダーシップを必ずとってくると思うのです。ですから、その人がリーダーになればいいと思います。しかし、お医者さんになる人も、弁護士になる人も、あるいは科学者や技術者になる人もいるわけですから、それはそれぞれの道を究めればよいと思うのです。
●危機がリーダーを育てる
葛西 リーダーがどのように育つのかは、環境による影響が強いと思います。私自身は、自分がリーダーなのかどうかもよくわからず、あまりリーダーになろうと思ったこともなく、どちらかと言うと引っ込み思案のほうでした。しかし、国鉄という環境の中に入り、人の上に立つための教育は受けないまま、いきなりリーダーの仕事を与えられました。27、28歳の頃、30人ほどの部下を任されました。私の場合、そういった実践の経験から、必要に応じて、必ずしも得意でないものをマスターしていくというプロセスがありました。
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