●「中東地政学」の書き換えが進み、イランが浮上する
皆さん、こんにちは。
中東の地政学が急速に書き換えられています。しかもかつての米ソ両超大国のような具体的に誰と名指せる国や人物の強い意志が、この地政学的書き換えのかじ取りをしているわけではないところが一番の問題です。
地元においては、イランがそれを自ら操っていると自負しているかもしれません。実際に2015年4月2日には、ウラン濃縮に関するローザンヌ合意が交わされました。イランにおける核開発を本格的な武器に転用することを阻止するため、P5(国連安全保障理事会の5カ国)プラス1(ドイツ)が、イランと合意することに成功したのです。イランはその力を誇示し、あたかもアメリカがイランに妥協したり、屈したかのような印象を与えようとしています。大変鋭いイランの宣伝技術が、そういうところにうかがわれます。
他方、サウジアラビアやエジプトは、レバノンやシリアやイラクなど自分たちの庭であるスンナ派アラブの世界において、ともすればイランが優勢に立ちがちな今の状況にいら立ちを隠しません。そして、なんとか情勢の主導権を取り戻そうと、必死にもがいています。しかしイランは、最近イエメンにおいても攻勢を深め、ますますサウジアラビアらの反発を買い、あるいはその焦りを誘うかのようです。
●誰も覇権と支配の座につけず、迷走する中東外交
トルコに目を転じれば、トルコの大統領と首相の二人は、かつて総理大臣と外務大臣の立場だったレジェップ・タイイップ・エルドアンとアフメト・ダウトオールが、そのまま横滑りしたに過ぎません。二人は、中東におけるトルコの進出を積極的に展開すべく、隣国間に「問題ゼロ外交」や「新オスマン外交」のキャッチフレーズを打ち立てて、苦慮しました。
しかし、結果としてシリアの内戦激化を避けることはできませんでした。また、イスラム国家(IS)との不即不離の関係が欧米の疑惑を呼んでいます。トルコはNATO(北大西洋条約機構)の加入国、アメリカの同盟国、かつISに対するコアリション(有志連合)のメンバーであるにもかかわらず、ISへの人々や物品の通過を許可し、さらにISの石油を密かに購入しているからです。
いずれにせよ、積極外交が挫折した後のトルコは、ともすればイランの後塵を拝するかのような地位にあります。そうした現状を克服しようと躍起になっているのが、今のトルコの姿です。
アメリカの中東外交はと言えば、相変わらず精彩と一貫性を欠くもので、すでにレームダック状態に入ったオバマ政権の脆弱さを示すバロメーターになっていると言っても過言ではありません。
しかし、確かな事実が一つあろうかと思います。それは、誰が中東の覇権と支配の座を得るかというゲーム(the Game of Thrones)において成功している者が誰もいないという事実です。
いずれの関係者も全て、あまりに短期的な目標を目指すオポチュニズムや、あるいは伝統的かつ歴史的な怨恨・怨念・瞋恚(しんい)といった曇った近視眼によってものを見過ぎる傾向があります。
●ローザンヌ合意にまつわる当事者評価と客観的な疑問
例えば、先ほど紹介したP5プラス1など、イランとの交渉に当たったグループの国々は、今回の合意を吉兆ないしは吉報そのものだと主観的に考えるかもしれません。何しろ、過去40年間にわたって強烈な敵意を抱き合ってきたアメリカとイランが、とにもかくにも核開発計画の大幅な制限と経済制裁の解除で合意を見たわけですから。
しかし、よく見ると今回の合意は、どのタイミングで経済制裁を解除するのかをめぐり、イランとアメリカの間に大きな解釈の隔たりがあります。また、濃縮度3.67パーセント以上のウラン生産禁止期間を15年と設定しましたが、15年が過ぎた後はどうなるのかという疑問も直ちに湧きます。何よりも、この15年の間に本当にイランがウランの濃縮化を図らないのかという疑問も起きてきます。
イランは、おそらく20パーセントにも達した高濃縮ウランをすでにかなりの重量で所有しているとされますが、それらを本当に兵器転用しないのかという疑いも出てきます。また、IAEA(国際原子力機構)による査察体制が本当に機能するのか。疑問や問題点は尽きないのです。
●中東における典型的なゼロサムゲーム
アメリカとイランの関係は新しい段階に入ったにせよ、この新しい関係はすこぶる複雑な性格を帯びていることも否定できません。
何よりもイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、この合意がイスラエルの安全保障を脅かすと反発を強めています。ネタニヤフの言葉によれば、「合意は、イランの核開発を正当化し、中東におけるイランの侵略行為を認めるもの...