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DATE/ 2018.03.31

「無花粉スギ」の登場で花粉症が解決する?

 春はあけぼの、なんて雅に語られたのは遠い昔、今では多くの人にとって憂鬱な季節になっているのではないでしょうか。21世紀の春といえばティッシュとマスクと目薬が片時も手放せない……そう、「春は花粉症」といっても過言ではないでしょう。近年では日本人の4割がアレルギー性鼻炎、都民に限ればなんと48.8%がスギ花粉症患者という衝撃的な報告がされています。もはやすっかり国民病です。

 スタッフのなかにも花粉症という者が少なくなく、酷いと薬を服用していても1日でボックスティッシュを使い切ってしまうとのこと。いっそ日本中のスギ林がなくなってしまえばと思う方も多いのではないでしょうか。そんな花粉症に悩める人にお伝えしたいことがあります。実は、スギはスギでも花粉を飛ばさない改良品種が存在しているのです。

無花粉スギ、その名も「はるよこい」

 花粉を飛ばさないスギこと、「無花粉スギ」が発見されたのは1992年のこと。花粉の観測所になっている富山県の神社で偶然発生した突然変異種だったそうです。この一本だけは、季節になっても花粉を飛ばさない……何故だろうと研究された結果、雄花の機能に異常があることがわかりました。おまけに花粉を飛ばさない性質は遺伝することが明らかになり、これをもとに無花粉スギ「はるよこい」が作られました。その後も品種改良種が続々と開発されて、現在では都市部の緑化用、林業用にと用いられはじめているそうです。

 そんな品種ならば大歓迎と花粉症に毎年悩まされている方は諸手を挙げて歓迎したいところだと思いますが、大量生産が難しいとのこと。全国のスギの木を無花粉へ植え替えるには現在のペースだと、なんと700年はかかると試算されているとか。このコラムを読んでいる皆さんがその恩恵に預かることはないということですね。

 ところが2017年、無花粉スギの生産は水耕栽培ならば簡単のようだと報せるニュースが入ってきました。水田を利用してスギの木を作るという計画で、想像するとなんだか奇妙な光景ですが生産効率のアップが期待されており、2020年には現在の2.5倍作れるようになる見込みと発表されています。近年は休耕中の田んぼも多い中、空いている水田の有効利用ができると農林水産省の補助事業にも選ばれたそうです。

自然環境に影響を与えるという懸念の声も

 とはいえ、一部では品種改良種が自然環境にどのような影響を及ぼすかわからないと警戒している声も上がっています。遺伝子組換え作物や農薬散布が周囲の自然環境を破壊してしまうケースなども報告されていますし、無花粉スギも将来的にはどんな影響があるか未知数なのも確かでしょう。

 さらに林業を営む方からすれば、ただ花粉が飛ばないというだけのメリットで無花粉スギに植え替えするわけにもいかないとか。手塩にかけて成長させたところで木材としての価値が低くて売り物にならないとなれば本末転倒、収入源として成り立つのかも検証しなければならないとのこと。

 また、専門家からは、スギやヒノキの需要は以前と比べて半減しているという声も上がっています。全国に大量にスギ、ヒノキが植えられたのは戦後の木材が不足していた時期の政策だったことはよく知られた話ですが、現在は木材以外を使った住宅が建てられている時代。伐採が終わった植林地に土地に合っていて、かつ、価値のある木々を植えたほうがよいのではと言われています。確かに何百年もかけて無花粉スギを普及させるより早いかもしれません。

花粉症は国境を越える?

 ちなみにそんなスギ花粉症ですが、くしゃみが止まらなくなっているのは日本人だけではありません。海外旅行に出かけて、思わぬ御当地花粉の洗礼を受けることもあるそうです。

 世界三大花粉症と呼ばれているのはスギ、イネ科のカモガヤ、日本でもお馴染みのブタクサとされています。カモガヤは主にヨーロッパ方面で5月から7月にかけて猛威をふるい、ブタクサはアメリカ全域で8月から10月にピークを迎えます。とりわけヨーロッパでは地球温暖化の影響もありブタクサの花粉飛散期間が大幅に延長されるのではという懸念もあり、今後50年で患者数が倍になる恐れもあると試算されています。

 日本の話に戻りますが、北海道ではスギ、ヒノキの花粉症はほとんどなく、かわりにシラカンバ花粉症があるとのこと。また、オリーブ栽培の盛んな瀬戸内地方では、やはりこちらが原因での発症があるということで、花粉アレルギーがある方は旅行前に現地の花粉事情を調べておくことをお勧めします。

くしゃみも積み重なれば国が傾く?

 そんな花粉症による日本の経済的損失は、第一生命経済研究所の試算によれば個人消費の減少は3ヶ月間で7549億円にも上るとされています。これに対して花粉症特需用は639億円。つまり、桁ひとつ損失が上回っているのです。

 戦後の需要に基づいて植えられたスギ、ヒノキがこんな健康被害、経済的損失をもたらすとは当時の人々には想像もできなかったでしょう。人間社会の都合と自然環境の反応は何人にも測り難いものですが、いずれにしても、将来花粉症に悩まされず麗らかな春を迎えられるよう、より良い選択がなされていくことを期待したいですね。

<参考サイト>
・富山県農林水村総合技術センター森林研究所:無花粉スギ
http://taffrc.pref.toyama.jp/nsgc/shinrin/link_flat.phtml?TGenre_ID=326&t=blog2
・TRIPGRAPHICS:世界三大花粉症と世界の花粉飛散カレンダー
http://tg.tripadvisor.jp/allergies/
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授