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DATE/ 2021.05.15

日本と世界の医療制度の違いとは?

 コロナ禍により現実味を増してきたリスクの一つに「医療崩壊」があります。世界一の病床数と長寿を誇る日本で、なぜ医療崩壊の進行が危ぶまれているのでしょうか。日本を中心に、世界の医療制度はどうなっているのかについて、比較してみました。

病床数・医師・看護師数の国際比較を見る

 医療制度を量で比較するために、経済開発協力機構(OECD)がまとめた2019年のデータを参照してみましょう。数字はいずれも人口1千人当たりの健康資源です。

 まず、病床数は日本が13.0床で、主要7カ国では、ドイツ8.0床、フランス5.9床、イタリア3.1床、米国2.9床、英国2.5床などに比べて圧倒的に多くなっています。一方、日本の医師数は、35か国中28位の2.5人。ドイツ4.3人、イタリア4.0人、フランス3.4人、英国3.0人、米国2.6人と比べても少なくなっています。医師不足を補っているのが、日本の看護師数でしょうか。こちらは11.8人で米国11.9人に次ぐ8位。ドイツ13.2人には及びませんが、フランス10.8人、英国7.8人、イタリア6.7人よりも手厚い看護が期待できます。

 人口1千人当たり二けたの病床数が確保できているのは、日本のほかは韓国(12.4人)だけです。ただし韓国の医師数は2.4人、看護師数は7.2人なので、人的リソースでは日本に及びません。中国のデータはやや古く2014年ですが、病床数は全国平均4.85床、医師数は2.1人、看護師数は2.2人です。

もっとシリアスな医療格差の現実

 世界銀行と世界保健機関(WHO)の報告では、2017年の段階で世界人口の約半数が、基礎的な保健サービスを受けることができない状況だと危惧されました。

 2015年9月、国連総会で採択されたSDGsの一つには「すべての年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、幸福を促進すること」が掲げられています。この目標を達成するためには、ワクチンなどを含む必須医療サービスに誰もがアクセスできる国民皆保険(UHC)制度が必要だと合意され、2019年には「UHCに関する東京宣言」が採択されています。

 国連開発計画(UNDP)が2020年3月に発表したデータによると、人口1万人に対して先進国の病院のベッド数は55床で、医師が30人以上、看護師が81人います。発展途上国では、同じ人数の人々に対して、ベッド数は7台、医師は2.5人、看護師は6人と深刻な医療格差がうかがえます。

 家計の1割以上を自分や家族の医療費に費やしている人は、全世界で8億人に上るとみられています。家計に占める医療費負担は貧困になるほど高くなるため、さらなる医療サービスの不平等サイクルが止まらない状況です。

各国の医療制度は、日本とどこがどう違う?

 医療制度は、先進国であっても国により大きく異なります。また、日本を始めとする多くの国で高齢化が進んだことによる非感染症疾患(生活習慣病、がん等)が急増し、財政負担を増やしています。日本医師会がまとめた2017年時点での各国の制度比較を参照しましょう。

<国:保険制度/外来患者自己負担>
・イギリス:
9割を占める公的(税財源)、および1割の民間自費医療サービスが両立/公的は原則無料(処方箋料等の少額負担あり)
・アメリカ:
公的な医療保険は「メディケア」と「メディケイド」のみ/保有する保険により年間免責金額、定額負担、負担割合等が異なる
・フランス:
公的皆保険(民間保険は二階建て部分をカバー)/3割負担(償還式)。かかりつけ医を通さずに専門医を受診した場合は7割負担(婦人科・小児科・眼科・歯科は除く)
・ドイツ:
皆保険。公的(90%)、および民間医療保険(10%)の両立(公的保険は選択可能)/原則無料(2013年より自己負担廃止)
・スウェーデン:
税方式による公営の保険・医療サービス/料金はランスティング(広域自治体)が独自に決定。自己負担の上限がある
・日本:
公的皆保険/原則3割負担(自己負担の上限あり)、3歳以下は2割負担

 アメリカは医療技術が進んでいるのに医療格差のある社会として知られています。公的医療保険は65歳以上の高齢者と障害者などを対象とする「メディケア」、低所得者を対象とする「メディケイド」のみで、この2つに該当しない人は民間医療保険に頼るしかありません。

 2010年には「オバマケア」と呼ばれる改革により、公的医療保険に入っていない人々は民間の保険会社への加入を義務付けられました。それでも、受診可能な医療機関が限られており、いまだ無保険者も多いことで所得により受けられる医療には大きな格差が生まれています。

虫垂炎の手術費用で見る国際比較

 最後に、ポピュラーな虫垂炎手術費による国際比較を掲載します。東京海上日動が作成したもので、費用は概算ですが、「たかが盲腸」と言えない違いがある点を確認できます。

・ニューヨーク/アメリカ/公立病院:1,207,400~2,012,300円、私立病院:2,656,200~3,219,600円
・ホノルル/アメリカ/私立病院:2,012,300円
・バンクーバー/カナダ/公立病院:159,200円
・パリ/フランス/公立病院:482,200円、私立病院:586,300円
・ロンドン/イギリス/公立病院:444,700円、私立病院:444,700円
・バリ/インドネシア/公立病院:128,800円、私立病院:266,800円
・シンガポール/シンガポール/公立病院:337,500円、私立病院:633,200円
・香港/中国/公立病院:入院費(1日約35,200円)に含む、私立病院:405,800円
・ソウル/韓国/公立病院:64,400~402,500円、私立病院:265,600~494,200円
・シドニー/オーストラリア/公立病院:350,500円、私立病院:431,900円
・日本/平均30万円(日本医師会による)

 ゆたかさの基本は、なんといっても健康。それを守るための制度が整っていないと、どんな人権も自由も享受できません。

<参考サイト>
図表でみる医療 2019│OECD
https://www.oecd.org/japan/health-at-a-glance-japan-JA.pdf
病床数の国際比較│日本医師会
https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20210120_1.pdf
日本と諸外国の医療水準と医療費│日本医師会
https://www.med.or.jp/people/info/kaifo/compare/
新興国等におけるヘルスケア市場環境の詳細調査 中国編│経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/28fy_detailreport_China.pdf
世界各国の医療事情│東京海上日動
https://travel-hoken.net/medical/
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