人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、日本では「美徳」とされる道徳的なそれとは意味合いが違うというのだ。どういうことなのか。認知科学の視点から解説して講義を締めくくる。(全3話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
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●バイアスを持っていることを自覚することの謙虚さ
―― 例えば、普通の一般的な本ですと、なるべく認知バイアスは持たないようにしましょうとか、なるべく感情的にならないようにしましょうというようなことで終わってしまいがちだと思うのですけれど、先生のこのご本(『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』)の場合は、今まさにご説明いただいたように、もう仕方ないのですよと。これはこういうものなのですということを非常にいろいろな具体例なり、心理実験でご解説いただいた上で、さらにもう1歩進んで、そういうものを前提とした上で、コミュニケーションをどうすればいいのでしょうかというところを、先生のご表現でいいますと、まさにコミュニケーションの達人というか、そういう方に先生ご自身が取材されながら、こういうやり方があるのではないですかと(示しています)。
これは例えば認知バイアス的にみると、こういうところをうまくこうやっているように見えますというご解説もいただいていて、原因と行き先といいますか、解決法というものが非常によく分かる本だなと思ったのですが、そこの部分もまた教えていただけますでしょうか。
今井 いちばんの基本のキは、自分がバイアスを持っているということをちゃんと意識しているということだと思うのです。
これは多くの方にはあまり当たり前でなくて、これも認知バイアスというか、思考バイアスの1つなのですけれど、自分は正しいと思う、自分の正しさを過大評価する、そういうバイアスも人は持っています。それはマイワールドバイアスの一部ともいえると思うのですけれど、自分では人の経験はできないですよね。他者の経験はできないから、自分の経験にすごく重みを置いてしまう。自分の持っている知識というのにすごく重みを置いてしまう。だから、人の知識を自分が知らなくても、「こういうことは分かっていて、世間のこういう人たちはこういう知識を持っているな」とそう思うだけで、詳細をまったく知らないのに、自分はそのことをよく知っていると思い込んでしまう、そういうバイアスも人間は持っているのです。
これも、自分のことを過大評価するというのは、「傲慢だ」といわれがちなのだけれど、マイワールドバイアスから考えると、結局それしかできないのです。他者の経験と同じ経...