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DATE/ 2023.11.18

ペット殺処分ゼロの国は存在するのか?

 ペット殺処分の主な方法には、(1)二酸化炭酸ガスを使う、(2)注射による薬剤投与――が挙げられます。このうち、前者の二酸化炭酸ガスを使う方法が、コストや職員の安全面などから日本では一般的に選択されています。

 しかし、世界を見渡すと、二酸化炭酸ガスでのペット殺処分を行っていない国があります。その国とは、ドイツです。

 実はドイツは、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」(飼育下にある動物に対し、可能な限り苦痛のない快適な環境を与えるべきとする考え方)の先進国と称される国であり、ペット殺処分のため二酸化炭素ガスを注入する部屋が存在しない国としても有名です。

 では、ドイツはどのように、ペット殺処分ゼロへの道を歩んでいるのでしょうか。

ドイツの動物保護施設「ティアハイム」とは?

 ドイツには、ペット殺処分ゼロを実践するための取り組みに欠かせない施設があります。その施設とは、ドイツ語で動物(tier)と家(heim)を合わせた“動物の家”を意味する「ティアハイム(tierheim)」と呼ばれる動物保護施設で、ドイツ国内に500カ所以上存在しています。

 ティアハイムと日本の保護施設(全国の保健所や動物愛護センター等)の大きな違いには、(1)殺処分を行わない:ティアハイムでは基本的に殺処分を行わない、(2)運営元の違い:ティアハイムは民間の施設として運営されている――という2点が挙げられます。

 そして、ティアハイムでは殺処分を行わないために、主に以下の2点を遂行しています。

 (1)動物の保護と収容:さまざまな理由で飼い主が飼育できなくなってしまった犬・猫・兎・羊・馬・爬虫類・鳥類といった多様な動物が、年間約30万頭もティアハイムに保護されている(なお、保護されている動物のうち約3分の1は犬といわれています)。

 (2)動物の仲介と譲渡:ティアハイムで保護された動物は、トライアルやカウンセリングなどを経て、里親の希望者に譲渡される(なお、里親の希望者には厳しい譲渡条件が設けられています)。

日本とドイツのアニマルウェルフェア

 ドイツでティアハイムが殺処分をしないことを基本として運営されている背景には、ドイツでのペットを飼う場合はティアハイムに行くという文化が浸透していること、多くのペットショップで自主規制による犬猫の生体販売を行っていない実態があること、さらにはアニマルウェルフェアに即した法整備が進んでいることなどが大きく影響していると考えられています。

 ただしドイツでも、アニマルウェルフェアの観点などから注射による薬剤投与等のペットの安楽死は行われていたり、人を襲ったペットが射殺されたりする場合もあります。

 しかし、日本における動物保護施設での基本方針が、飼い主が見つかれば「返還」され新しい飼い主が見つかれば「譲渡」されるが、それ以外は殺処分されることからかんがみれば、ドイツはかぎりなくペット殺処分ゼロの国といえるように思います(2023年10月現在)。

 日本での2019年度の年間ペット殺処分数は、犬と猫を合わせて約3.3万頭といわれています。実は、過去10年間の推移を見ると殺処分数は約24万頭減少していますが、依然として多くのペットが殺処分されている厳しい現実があります。

 日本のペット殺処分が減少してきた背景には、「動物愛護法」(「動物の愛護及び管理に関する法律」の略称。「動物愛護管理法」とも呼ばれる)の改正が挙げられています。2019年での改正では、数値規制の導入、マイクロチップ装着の義務化、動物殺傷・虐待罪の厳罰化などさまざま規制の強化とともに、動物保護施設(行政)がよほどの理由がない場合にはペットの引き取りを拒否することができるようになりました。

 しかしながら、アニマルウェルフェアの観点からみれば現行の動物愛護法にも不十分な点はあり、また例えば愛玩動物・畜産動物・実験動物・展示動物など動物によって管轄が異なる日本の省庁の弊害など、殺処分ゼロの道には多くの課題があることも実状です。

ペット殺処分ゼロの自治体

 国単位では課題が多いものの、日本でも殺処分ゼロを達成している県や自治体も存在しています。

 例えば神奈川県は、2022年度も「神奈川県動物愛護センター」に保護された犬と猫の殺処分がゼロでした。このため、犬は2013年度から10年間、猫は2014年度から9年間殺処分ゼロを継続しています。

 また奈良市では、「犬猫の殺処分ゼロ」を目標に掲げ、保護犬・保護猫の引取数減少や新たな飼い主への譲渡機会の拡大に向けたさまざまな取組を推進。2019年度から2022年度まで、自然死・安楽死を除いた犬と猫の殺処分ゼロを4年連続で達成しています。

 今後、日本もペット殺処分ゼロの国を実現するためには、実状を踏まえたさらなる法整備の実現や省庁や業界を超えた社会的な取り組みを行うといった、ハード面のアップデートが欠かせません。しかしそれ以上に、ペットだけでなくあらゆる動物と同じ世界に生きるすべての人が、アニマルウェルフェアを健全に前進させることへ当事者意識をもって向き合うといった、ソフト面をアップデートすることが求められているように思います。

<参考文献・参考サイト>
・『動物は「物」ではありません! 』(杉本彩著・浅野明子監修、法律文化社)
・「アニマルウェルフェア【2023】」『現代用語の基礎知識』(自由国民社)
・「動物愛護管理法」『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)
・世界と日本の違い ・ Animal Essential
https://contest.japias.jp/tqj21/210040X/ja/whats_going/problem/world_japan/
・ペットの殺処分がゼロの国はあるのか(法苑180号)
https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article090780/
・ティアハイムとは?ドイツの動物保護事情や日本との違いを解説
https://cococolor-earth.com/tierheim/
・ドイツでは犬の殺処分をしない?日本との対応の違いについて紹介
https://peace-wanko.jp/column/9208
・令和4年度も殺処分ゼロ!(犬10年、猫9年)│神奈川県
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/e8z/prs/r6954754.html
・【市長会見】犬猫殺処分ゼロを4年連続で達成しました(令和5年5月30日発表)│奈良市
https://www.city.nara.lg.jp/site/press-release/177356.html
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