テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.03.02

瞬時にわかる?説明しづらい「左右」の感覚

 自然な空間把握を、人に伝える言葉に「上・下・左・右」があります。特に「左」と「右」の違いは、どのように言葉で説明しますか?

 もし、あなたが、即座に左右を聞き分け、なおかつ方向を示せるのにもかかわらず、言葉で説明することが難しいようであれば、身体的な絶対左右感ができているといってよいでしょう。幼児期、「お茶碗を持つ手が左で、箸を持つ手が右」というような身体感覚で教わるケースより、絶対音感のように身体化し、自然に「左・右」感覚を持てる人が大半ではないかと思います。

「左右盲」!?意外にロジカルな説明がしづらい「左・右」感覚

 一般的な言葉による説明としては、12を上、6を下になるように正面から見たアナログ時計の文字盤で、7から11までの文字盤がある方向を「左」、1から5までの文字盤がある方向を右という説明や、北極星を正面に見据えて、西の方角が「左」、東の方角が「右」と説明されるケースがあります。どちらも、前提となるモノ、方角に結びつけられた相対的な感覚になります。頭のある方向が「上」で、足のある方向が「下」であるとか、モノが落ちていく方向が下で、その反対が「上」と説明できる「上・下」感覚に比べ、意外にロジカルな説明がしづらいのが「左・右」感覚です。

 幼児期から両利きや利き手が違うことから矯正された人の場合、この絶対的な左右感覚が身につかず、特に、助手席からのナビや自動車学校などで「右折して下さい」「左折して下さい」という言葉に迷ってしまうケースなど、苦労した経験を持っている方は少なからず存在します。また、子どもによっては、健康診断などでの視力検査で、開いている方向を示す「左・右」を即座に応えることができず、「眼鏡使用」と判定されてしまったというケースなど、聞いたことはないでしょうか。ちなみに、「左右盲」という言葉もあるようですが、スタッフの中にも「左・右」の判断に時間がかかってしまうという人が数名いました。

今では九割の右利きだが、180万年前は左利きが半数強だった

 さて「左・右」感覚は、空間的に方向性を問うだけであれば対称的なのですが、結びつけられた自然界のモノ・コトには意外な偏りがあります。右利きと左利きの割合、右脳と左脳の役割、髪の毛の渦巻きの方向性など、少なからず傾向と偏りがみられます。また、発掘調査から判明したコトとして、180万年前の人類は左利きの割合が半数強だったのに、徐々に右利きが増えて、今では九割を占めるようになったという話もあります。

 こうした自然界の左右非対称性は、1970年代、マーティン・ガードナーの『自然界における左と右』が発刊されたころに大きな話題となりました。こうした左右の非対称性への関心は、物理学から生物学へ、生物学から経済学へ、経済学から社会学までに拡がりをみせています。披露宴で新郎新婦の座る位置から、車道のレーンが国によって違うように、少なからず意味づけられ、制度や社会のルールの中に組み込まれています。

コンビニ左回りレイアウトは、ひったくり犯人の逃亡傾向から考案!?

 人間の習性からマーケティングに応用した「コンビニ左回りレイアウト」について聞いたことはないでしょうか。入口から、左回りに雑誌、ドリンク、デザート、弁当と売れ筋商品を配置しているパターンです。別の視点で、「ひったくり犯人の80%は左折して逃亡する」という統計データもあります。そこから配置を工夫したことで、警察では検挙率が60%もアップしたとのこと。

 「左右が分かればセカイを制す」ともいえそうな、左右の非対称性や偏りの傾向分析と応用は、近年「左右学」としても語られています。埼玉学園大学の西山賢一教授による『左右学への招待』(光文社・知恵の森文庫)がよく知られているところです。

 また、「左・右」という方向感覚は、相対性と対称性に基づいて歴史的に、空間認識とは別に意味づけされ、概念的な領域に言葉の意味を拡げてきました。たとえば、政治に関していえば、ニュースでも頻出する、「左派・右派」、「右翼・左翼」などの言葉が挙げられますね。

 このように、いろいろな「左・右」について探ってみると、世界の見方を大きく変化させることができそうです。

<参考文献>
『左右学への招待』(埼玉学園大学教授 西山賢一著、光文社・知恵の森文庫)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

編集部ラジオ2025(24)「理解する」とはどういうこと?

今井むつみ先生が2024年秋に発刊された岩波新書『学力喪失――認知科学による回復への道筋』は、とても話題になった一冊です。今回、テンミニッツ・アカデミーでは、本書の内容について著者の今井先生にわかりやすくお話しいただ...
収録日:2025/09/29
追加日:2025/10/16
2

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
3

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパンの音楽とポーランド(1)ショパンの生涯

ピアニスト江崎昌子氏が、ピアノ演奏を交えつつ「ショパンの音楽とポーランド」を紹介する連続シリーズ。第1話では、すべてのピアニストにとって「特別な作曲家」と言われる39年のショパンの生涯を駆け足で紹介する。1810年に生...
収録日:2022/10/13
追加日:2023/03/16
江崎昌子
洗足学園音楽大学・大学院教授 日本ショパン協会理事
4

最近の話題は宇宙生命学…生命の起源に迫る可能性

最近の話題は宇宙生命学…生命の起源に迫る可能性

未来を知るための宇宙開発の歴史(13)発展する宇宙空間利用と進化する技術

技術の発達・発展により、宇宙空間を利用したさまざまなサービスが考え出されている。人間の環境を便利にするものであり、また攻撃技術にもつながるものであるが、さまざまな可能性を秘めている。さらに宇宙空間の利用は、天文...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/10/19
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
5

中国でクーデターは起こるのか?その可能性と時期を問う

中国でクーデターは起こるのか?その可能性と時期を問う

クーデターの条件~台湾を事例に考える(6)クーデターは「ラストリゾート」か

近年、アフリカで起こったクーデターは、イスラム過激派の台頭だけではその要因を説明できない。ではクーデターはなぜ起こるのか。また、台湾よりも中国のほうがクーデターが起こる可能性はないのか。クーデターは本当に「ラス...
収録日:2025/07/23
追加日:2025/10/18
上杉勇司
早稲田大学国際教養学部・国際コミュニケーション研究科教授 沖縄平和協力センター副理事長