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マグナ・カルタに書かれた「法の支配」…近代立憲主義の起源

マグナ・カルタから考える「法の支配」と議院内閣制

曽根泰教
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
1215年に作られた、マグナ・カルタの認証付写本
制定800年を迎えたマグナ・カルタの根本精神は、「法の支配」にある。全ての政治的実権を握っていた国王が、司法や立法、そして行政の権限を奪われることで、現在の議院内閣制は生まれた。慶應義塾大学大学院教授・曽根泰教氏は、記念すべき今年こそ、そのマグナ・カルタの精神をもう一度よく考えるべきときだと述べる。
時間:08:37
収録日:2015/09/15
追加日:2015/10/12
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≪全文≫

●マグナ・カルタの中心は「法の支配」にある


 最初に、今日はマグナ・カルタから800年という話をしたいと思います。その中心部分は「法の支配」ということです。

 実は、今年2015年はマグナ・カルタ制定から800年ということで、いろいろな記念行事があります。ブリティッシュ・ライブラリーなどにもビデオがあります。それから、「30秒でわかるマグナ・カルタ」の日本語バージョンもイギリス大使館のフェイスブックにありますので、それをご覧になっていただきたいと思います。

 マグナ・カルタが制定されたジョン王時代の1215年、議会の方はそれから50年後の1265年からですから約750年ということで、ずいぶん長い歴史があります。マグナ・カルタ自体はイギリスの歴史に出てくるものですが、イギリスに限らず、アメリカの独立や人権宣言など、世界中に影響を及ぼしました。では、何がその中心部分なのかということ、法の支配、立憲主義、それから議院内閣制の話をしようと思います。議院内閣制は、起源をさかのぼると、イギリスのこのマグナ・カルタにたどり着き、1688年から1689年の名誉革命などを経て、長い時間をかけて形成されたものであるという話をしたいと思います。


●“Rule of Law”の意味とは


 マグナ・カルタの中に書かれているいくつかの要素のうち、一つは“Checks and Balances”、「抑制と均衡」とよくいわれるように、専制を防ぐためのメカニズムです。それから、正統性は代表にあるという、「代表」の概念。もう一つが「法の支配」という要素です。そのうち今日は、特に「法の支配」の問題をお話ししたいと思います。

 この「法の支配」というのは、英語で言うと“Rule of Law”です。しばしば間違えられるのは“Rule by Law”です。こちらは「法による支配」として思われていることがありますが、本当は “Rule of Law”なのですね。この“of”というのが、なかなか英語では難しく、英語学者や英文学者なども、いろいろ論争があります。

 その代表的なのは、リンカーンの演説です。“government of the people,by the people,for the people”と言いますね。「人民のため」とか「人民によって」という部分は、よく分かります。ですが“of”とは何でしょうか。同格の“of”なのか、そうでなければ一体何なのかという論争は、昔からあります。「人民の」というのは正しい訳なのですが、元をたどると、人民に由来するという意味の“of”だろうと思うのですね。ですから“government”も、狭い意味の「政府」というよりも、広く「政治」全般を指しているのだと思います。これが、リンカーンの有名な演説にある“of the people”の“of”の意味です。


●「国王も法に従う」ことから議院内閣制は生まれた


 それと同じように、「法の支配」は“Rule of Law”といって、“Rule”を“of”でつないでいます。それの何が問題なのかと言いますと、さまざまな解釈可能で、「法にのっとって」とか「法の精神に従って」など、「法の支配」を基本にするということです。言ってみれば、これが立憲主義になるわけです。「国王も法に従う」ということですね。この国王も「法に従う」ことになれば、それまでの法律、あるいは裁判はどうだったのか。

 実は、議院内閣制を考えるときに非常に分かりやすい例が、この「国王も法に従う」ということなのですね。つまり法の下の平等ということで、かつては「国王が法」でした。「俺が決めた法なのだから、王は従う必要ないのだ」という話と違って、まず国王が司法権を奪われ、独立したものになっていく。そうすると、国王であっても法の裁きを受けるということになるわけですね。

 そこから議会ができます。増税をするときには、議会と相談しなければいけない。その議会というのは、貴族や総領、地主であるなど、言ってみればかなり階級的には豊かな人たちからできています。これらの「持てる人」たちは庶民ではなかったわけですが、議会と相談しなければいけない。そこで法律ができるわけです。

 そうすると、法律は国王が定めると思っていたものが、議会が定めるものになってくるわけです。さらに言えば、国王が行政権を持っていたわけですが、それが議会の方へ移り、内閣をつくり、内閣が行政権を握るという、言ってみれば国王からどんどんどんどん権利を奪っていくという形になるのです。


●議会主義の原点にマグナ・カルタはある


 イギリスは議会主権の国とよくいわれますが、その議会が果たす役割が非常に大きくなる。その起源が、800年前のマグナ・カルタであったということなのですね。

 三権分...
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