●国家戦略特区の構想に対する懸念
今日は、長崎出島のお話です。
一体それはどういう意味かと言うと、私は特区を見ていると、「特区は長崎出島なのではないか」という感じがするわけです。
国家戦略特区の構想がいま日本では進んでいます。私は、特区そのもの、つまり、そこで規制緩和をするとか、あるいは実験的な方法をやってみたいとか、そういうことに反対しているわけではないのです。規制改革は大いにするべきだし、実験的な方法は、大学だけではなく、民間、あるいはある地域でおこなったらいいと思います。
けれども、そのことと特区というものが、どうも結びつかないのです。
●特区とはオフショアマーケット
それはなぜかと言いますと、もともと特区というのは、1970年代後半に中国の改革開放政策の一環として、経済特区というものができたところから始まっています。
経済特区というのは、基本的にオフショアマーケットのことだと思っていますが、オフショアマーケットであるからには、そこに進出した外国企業などに対して、輸出入関税などを免除する、あるいは、そこでは課税をしないということもあります。そういう意味で言うと、そこへの出入りは自由ではないわけです。つまり、その特区に入ると、そこは海外ということです。飛行場でひとたび出国すると、そこはもう外国になってしまうと同じように、そういう場所が特区だと思うのです。
その意味では、特区のオフショアマーケットと国内マーケットは、実は明確に線引きされるべきなのです。
過去に、こんなことがありました。1997年にアジア金融危機が起きたときですが、タイは非常に荒波をかぶったのです。なぜかと言いますと、タイ、インドネシア、韓国、それぞれ理由は違うのですが、タイの場合に関して言えば、オフショアマーケットと国内マーケットの間の蛇口をゆるめてしまったわけです。そうすると、海外のお金が大量に国内に流れ込んで、それが不動産や金融資産にまわって、一種のバブルが起きたのです。
ですから、オフショアマーケットと国内マーケットの間にはファイアーウォールがなければいけないのです。あるいは、蛇口はきちっと締めておかなければいけないし、規制緩和をするには、段階的にするしかないわけです。つまり、秩序立てて緩和をしていくというのが、一つの方法だろうと思うのです。そういう意味で言えば、オフショアマーケットとしての特区というものが、一つの考え方としてあるわけです。
●日本の特区構想の問題点
では、それと日本で現在行われつつある特区は同じかというと、必ずしもそうではありません。一緒ではないのです。
過去に「パイロット自治体」という経験がありました。あるいは、構造改革特区という発想もありました。これらは、むしろ地方分権とか、あるいは、自治体でのいくつかの実験例として、それがうまくいけば全国に広めましょうという文脈の中で出てきた発想だろうと思うのです。
しかし、実際に進んでいる特区の構想というのは、先ほど申し上げましたが、長崎出島なのです。つまり「鎖国はそのままで、出島だけきれいにしよう、ぴかぴかにしよう」ということです。これは発想が違うのではないか、ということです。
問題は鎖国、つまり、非常に厳しい岩盤規制にあるわけです。岩盤はそのままにして、あるいは、岩盤があり利害調整が非常に難しいので、特区を作り、特区の中だけで問題解決をする。しかし、全国のほかの地域は鎖国のまま。これでは、発想が逆転しているのではないか、と思うわけです。
「正面から攻めることができないので、できるところから」という考え方はわからないわけではありません。また特区で「こんなことができました」「あんなことができました」と自慢する人もたくさんいます。ただ、それを特区だけのの問題にしていいのか。むしろ、それを全国に展開するほうが、はるかに重要なのではないか、と思うのです。
●特区を語るとは一国二制度を語ること~日本は一国一制度でいい~
そういう意味で言うと、特区を語るということは、実は一国二制度を語ることになるわけです。
一国二制度というのは、中国がまさしくぶち当たっている問題です。香港をどこまで中国と同じに扱うのか。また、中国は将来、台湾と合併するかもしれない。そのときに一国二制度でいくのか、一制度なのか。こういった中国社会が抱えている問題と同じような問題を日本が持っているのかと言うと、私はそんなことはないと思っています。つまり、香港とか台湾のような問題を日本が持っているとは、とても思えないのです。
要するに、日本は、一国一制度でいいわけです。一国一制度の中の地域差、あるいは、その中で地域が特徴をもつということは、決して不可能なことではないだろうと思うのです。
けれども、それを特区でやらざるを...