●クリミアとウクライナの分離に対する理解は“いい「分かれ」”
岡崎 実は、クリミアについての私の意見は、アメリカの今の主流の意見と違うのです。それから、日本のロシア専門家の意見とも違います。
日本の専門家は、何十年来の伝統で、「ロシアは悪い」という意見です。よって、ロシアに甘いことを言うと、専門家の間で袋叩きになるのです。ですから、例えば北方領土でも、「妥協で解決する」などということは、ロシア専門家100人が100人、誰一人として言えないわけです。もし、そんなことを言ったら、「お前は神聖な日本の領土を失ってもいいのか」とか、「中立条約を破って、満州と樺太であれだけ暴行を働いたことを許すのか」とか、そういうことになるのです。それで、甘いこと、妥協的なことは、いっさい言えなくなっているのです。
―― 不自由な存在になったと。そういう空気なのですね、専門家の間では。
岡崎 しかし、対ロシア政策担当者の心の中は、必ずしもそうではないと思います。けれども、それを言ったら袋叩きになるということです。
そういう背景がありまして、とにかく「ロシアが悪い」「許してはいけない」と言わないと、ロシア問題の評論家としては地位がなくなってしまうということです。
ただ、今度の事件について、私はうっかりはじめから言っていましたが、これは“いい「分かれ」”だと思うのです。「分かれ」というのは、碁で言う「分かれ」のことです。「ここは俺が取って、これはお前が取る」ということです。
---- なるほど、“いい「分かれ」”だと。
岡崎 要するに、ロシアは、ウクライナを失ったのです。ウクライナというのは、ロシアの下腹部にあり、ものすごく大事な国です。それを、親ロ派政権にするか、親西欧政権にするかで争い、かなり強引なてこ入れをして、親ロ政権をつくったのです。その前の政権は、EUに入ると言っていたので、それをつぶしたということです。
ところが、その後、親ロ政権が一種のクーデターのような革命騒ぎで追い払われ、親西欧政権ができたのです。これが、なかなか元へ戻る見通しがつきません。ということは、つまり、ロシアはウクライナを失ってしまったということになります。
ウクライナを失うとなると、ロシアはウクライナを自分の子分だと思ってクリミアをウクライナに置いていたけれども、クリミアだけは取り返さないと危ないということになります。そうして、クリミアを取りに行ったわけです。
つまり、西側はウクライナを取り、ロシアはクリミアを取るということで、この事件が起こってすぐの時、情報メディアに、これは“いい「分かれ」”だと、私は書いたのです。
●ロシアへの制裁に対する米欧の思惑と日本の方針
岡崎 ところが、これにはアメリカの内政事情が絡んでいるのです。
アメリカは結局、シリア問題では弱腰でした。それで、もう全ての方向性を見失ってしまったので、それっきりレームダックです。そこで今回、アメリカは強いぞというところを見せて、人気を取り戻そうという狙いがあるのです。
これは、どうせ駄目になると思うのですが、ここで弱腰を出したら、ますます言われるでしょう。それがいいか悪いかは別にして、とにかくロシアに対して強いところを見せなければいけない。それで、強いことを言っているのです。
しかし、それが通るかというと、これは私の見通しですが、我田引水で言っているのではないけれども、EUがついてこないと思います。そもそも、アメリカがロシアを制裁する理由は分かっています。ロシアが悪いことをしたわけですから。けれども、目的が分からない。ロシアは、クリミアを絶対に捨てないでしょう。しかし、クリミアを捨てないとなると、いつまででも制裁しなければいけないのです。そうなると、プーチン大統領がアメリカに持っている資産を全て、銀行を通じて抑えることになります。これは、シリアでもやっているし、北朝鮮でもやっていることです。
けれども、それを一体いつ解除するのでしょうか。ロシアは、クリミアを永遠に手放さないでしょうから、そうなると、永遠に解除できないのです。ただ、それは余計なことですよね。でも、それをやれば、格好がつきます。格好をつけるだけでそういうことをするというのは、意味があるかなと思うのです。ですから、EUがついていかないのです。
まず、イギリスには、ロシア人がすごく預金していて、イギリスのシティにはロシアの金が回っています。イギリスのシティは信用もあるし、それからもう伝統的に完全な自由です。ですから、ロシアの少し小金を貯めた人たちが預金しておくのに、ロンドンは一番いいのでしょう。
―― 安全ですものね。
岡崎 そうでしょう。安全ですからね。しかし、今度のことで、アメリカが、いつ...