●「クマを抱いては駄目」というイラン民話の寓意
皆さん、こんにちは。イランの民話には、次のような言い伝えがあります。
「クマを可愛がってもいい。でも、抱いては駄目。クマはあなたを押しつぶすから」
イラン人にとってのクマは、もちろんロシアを暗喩として指しています。つまり、ロシアという厄介なクマをいかにあやして付き合うか、という問題です。「クマと仲良くしよう。しかし、必要以上に懐に入るのは駄目だ。体も大きく、力も強い相手だから、必ずあなたを押しつぶしてしまう」ということです。これは19世紀に2回大きな戦争を起こし、その結果、多くの中央アジアやコーカサス(カフカース)の領土を失ったイラン人たちにとって切実な声だったのかもしれません。
今、私たちは日露関係の正常化に向かっています。(ウラジーミル・プーチン大統領が)12月に来日し、山口県長門市すなわち安倍晋三総理大臣のお膝元で首脳会談が行われる手はずです。このような日露関係の進展に際しては、両国間の友好に向けての懸案を解決することがもとより喫緊の課題です。しかし、日米関係(日米安保条約)という大変重要な核を持つ日本としては、ロシアをクマにたとえたイランの知恵や民話を、どこかで念頭に置いておく必要があろうかと思います。
●資源・エネルギー問題から見る日露関係
現在世界では、新しい冷戦、あるいは「冷戦よりも冷たい戦争」と呼ばれる事態がロシアを中心として進行しています。これは必ずしも軍事力を伴わない戦争ですが、シリアやウクライナ等々で起こっている内戦や武力衝突に際して、ロシアが全面的にバックアップしたり、戦いの担い手になっている現実があります。
しかし、こうしたことばかりではなく、ロシアはエネルギー戦争や資源戦争といった形で世界に非常に重要な役割、「覇」を唱えています。
例えば2009年、ウクライナとの紛争に際して、ロシアはウクライナに対するパイプラインを止めました。そもそもウクライナ側が天然ガスの使用料を払わず、天然ガスをただで使おうとしたのが原因ですが、これにプーチン大統領のみならず、当時のロシア首脳たちが皆、怒ったことは言うまでもありません。
紛争の余波として、ウクライナを抜きに西ヨーロッパや中東の主要な顧客に天然ガスを届ける回路が模索されました。その結果、サウス・ストリーム(南の流れ)やターキッシュ・ストリーム(トルコの流れ)などのパイプライン構想が浮かび上がったことはご案内の通りです。
そして、ウクライナからシリアといったヨーロッパからアジアにまたがる地域において、明白にユーラシアの政治力学が動いています。この動きの中に日露関係もあることを、私たちは見ておかなければなりません。
すでに安倍首相はソチにおける今年(2016年)の首脳会談において、あるいはそれ以降で8項目にわたる日露の経済協力プランをプーチン大統領に提示しました。この8項目にわたる大胆な協力プランの流れ、内容は、まずガスパイプラインを日本までつなぎ、日本のエネルギー需給に安定した基盤を提供するというものです。自国の天然ガスを一番確実な顧客、世界で最も安心できる買い手としての日本に提供することは、ロシア経済にとってもすこぶる重要な意味を持ちます。また、シベリア鉄道の高速化もロシアの念頭には当然あるでしょう。
●広大なロシアの極東地域に流入する中国の人口圧力
このように、両国関係が急速に従来のある種の閉塞状況を打開するかのような状況を呈しているのは事実です。それはロシア側にもいろいろな問題があるからですが、ロシアはまず第一に極東における「人口力」の問題を危惧しています。
ロシアは国土が日本の45倍に相当する広大な地域です。私が初めてロシアを訪れた1986年、日本の成田空港から発ってまもなく「日本領空を出ます」のアナウンスがあり、しばらくすると「ただ今からロシア領空に入ります」と告げられました。当時は冷戦末期で、まだソ連が存在した頃ですが、「領空に入る・出る」という言葉を非常に切実な響きをもって聞いたことを思い出します。
しかし、ロシアの領空に入ってからは延々十数時間にわたり、ずっとシベリアの上空を飛んでいきました。長いロシア領空の旅の果てにようやくモスクワのシェレメチェボ空港に着いたことを記憶しています。つまり、日本を出るのはわずか数十分、ロシアに入ってから国内のモスクワに着くのに十数時間。このような彼我の土地の広さ・狭さを痛感したわけです。
(ロシアの面積は)日本の45倍ですが、重要なのはその3分の2がウラル山脈から東のシベリアにあること、さらにその先の極東地域だけで日本の国土の16倍もあることです。つまり、コーカサスや極東地域だけで、ロシアの国土の約36パーセントを占めます。...