●世論調査で把握しきれなかった「大番狂わせ」
今回の大統領選を何と名付けたらいいでしょうか。「大番狂わせのアメリカ大統領選挙」といっていいのではないかと思います。しかしながら、このテンミニッツTVの講義で、ドナルド・トランプ氏が立候補してから、「トランプは最後まで残るのではないか」とお話ししてきました。予備選もそうですし、本選挙もそうです。「トランプ大統領」の可能性はあるということは、言い続けてきました。
そういう意味では、今回の結果を「逆転」という言い方をする人もいます。逆転とはあくまでも世論調査上、ヒラリー・クリントン氏が高い支持率を持っていることをトランプ氏が逆転したという意味なのでしょうけれども、その調査自体が正しかったのかどうか、疑問が残ります。つまり、イギリスの世論調査に比べたら、アメリカの調査は頻度も多いし精度も高いのですが、それでも、こうした結果になることを把握できませんでした。選挙が終わってから「隠れトランプ」がたくさんいた、それを掴めていなかった、というのは世論調査機関の言い逃れです。「隠れトランプ」を把握することが、世論調査の手法なのです。そういう意味では”アップセット(Upset)”、つまり大番狂わせの選挙であったと思います。
●できることは全てやったヒラリーが接戦州を取りこぼした
では、なぜそういうことになったのかということですが、一般的には、反グローバリズム、反不法移民、反エリート政治、反社会争点といった点が挙げられます。社会争点とは、民主党系のリベラル派が言っていた社会争点のことです。このように、トランプ氏は「反」のポジションなのです。「アメリカファースト」「偉大なアメリカにする」ということで、衰退産業、つまり”ラストベルト(Rust Belt)”といわれる地域に居住する白人低所得者、低学歴層が彼を支持した。これが一般的な説明ですが、本当にそうなのでしょうか。
「接戦州」であるオハイオ、ペンシルベニア、ノースカロライナ、フロリダなどを、あるいは激戦の末、ミシガン州を、またウィスコンシン州も共和党が取りました。つまり、今まで民主党が取ってきた州を、民主党はほとんど取りこぼしているのです。選挙テクニカル上、すなわちアメリカの大統領選挙の制度上、ここを失ったヒラリー氏とは何だったのか、ということです。ヒラリー氏の方は、地上戦、空中戦、サイバー戦など、できることはすべてやりました。ビッグデータを使った手法もあるし、” キャンバシング(Canvassing)”といわれる戸別訪問もやったのです。やったのですが、勝てませんでした。
ということは、ヒラリー氏がそれだけ嫌われていたということです。では、誰が票を入れたのか。ヒラリー氏と同世代の女性は、彼女に入れています。若い女性は入れているかどうかは分かりません。マイノリティの人たちも入れています。ですが、それ以外のところでヒラリー氏が勝てなかったという点が非常に大きいのです。
●独自の芸風を確立したトランプが工業地域の人心を掌握
トランプ氏に関して言えば、やはり嫌われ者です。もっと言えば、下衆(ゲス)です。品のなさでは歴代大統領候補の中では、一番品がないでしょう。暴言も繰り返します。そうであっても、一部の熱狂的支持者がいるのです。これはよく分かっていることですが、それだけで、トランプ氏が6000万人の票を獲得し、全国を制することはできないはずです。つまり、一体トランプ氏が全国を制することができたのは何だったのか? 結果的に見れば、これはイギリスのEU離脱(ブレグジット、BREXIT)以上に、世界政治、アメリカ政治に与えるインパクトは大きいのです。今後でいえば、フランスやドイツの総選挙、また今年あるといわれているイタリアの国民投票などに与える影響があるだろうと思います。
予想外にトランプ氏が勝利をした、その一つの要因が、先ほど申し上げたミシガン、オハイオ、ウィスコンシン、ペンシルベニア、ノースカロライナ、フロリダなどの州でトランプ氏が強かったということです。その強さを知ること、つまり、それだけ人々のアメリカに対する不満がたまっていたこと、特に工業地域の不満を、どうして民主党はくみ取ることができなかったのかというのが、一つの課題です。
また、先ほどトランプ氏のことを「下衆(ゲス)」と言いました。これだけ暴言を繰り返し、PC(Political Correctness)違反をしてきたわけですが、トランプ氏は予備選挙の時、過激な発言をするたびにマスコミの食い付きがいい、ということで、ある種の芸風を確立したのではないかと思うのです。中身はともかくとして、マスコミが絶えず注目します。その注目のレトリックということで、国民を引きつけました。言ってみれば、暴言だし罵詈讒謗(ばりざんぼう)なのです。し...